だえもん 田中通のブログです.三重県鈴鹿市周辺「私たちの地域を考える」関連記事等が入ります.鈴鹿市議会議員「田中とおる」
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本日の昼下がり,ひとつの区切りを迎えましたが,おおむね良い知らせでしたので,本日はゆっくり記事投稿です.




遂に鈴鹿市・亀山市緊急共同アクションが発表され,休校解除で世の中の流れに完全逆行していた鈴鹿市も4/16から再び休校に入ることになりました.

明日はやるんやな~とひっかかる思いでしたが,どうしても幼稚園の入園式は済ましておきたいのかなと推測.

今回は多くの声を集めていただき感謝します.

各所で角を立ててしまいましたが,子ども達,市民の安全第一ということで,これからも共に切磋琢磨して仕事を進めていきましょう.


4/16から

今日は鈴鹿市の小中学校の入学式.

例年,保護者にとっては日頃の苦労のマイルストーンを確認し,喜びに浸る日ではあったのですが,今年に限ってはなかなか割り切れるものではありませんでした.

国の4/7緊急事態宣言,そして愛知県・岐阜県の独自緊急事態宣言に続いて4/10三重県新型コロナウイルス「感染拡大阻止緊急宣言」が発令された直後に鈴鹿市新型コロナウイルス感染症対策本部会議は4/13からの学校再開を発表,そしてその深夜に三重県内第10例の濃厚接触者が陽性反応と山口県が発表,翌4/11にはCOVID-19による死者が10万人を突破しました.

この流れの中での学校再開は狂気に映りました.

流石に緊急発表で休校継続をするだろうと甘く考えていましたが,一抹の不安が.

週末でしたが登庁し,状況をヒアリング.

どうも会議すら週明けまで行われないようで,休校解除に巻き込まれる現場の苦悩も知り,手続き上のボトルネックを探りました.

昨日の鈴鹿市新型コロナウイルス感染症対策本部会議の結論もよくわからない結論.

「トップの判断」とするところが,外部任せ,そして助言すらこれからなの?って突っ込みを入れずにいられませんでした.

入学準備をしながら喜びよりも不安を抱く家族.

国,県が必死にCOVID-19収束プロセスを探る中で,鈴鹿市は一体全体何をやっているのか.

先月の休校解除の時もそうでしたが,私には深夜の信号無視を喜んでいるようにしか思えませんでした.

都市封鎖しているところの知人達からも「日本って大丈夫?というか鈴鹿市って完全におかしいよ」との声.

国・県が命がけで国民・県民の命を守ろうとしている時に,鈴鹿市が子ども達のマスク配布も出来ない中で既定路線の学校再開.

先生方のご苦労は知っておりましたが,子どもは親が守らないといけないと思い,息子の入学式を諦めました.

記念すべき小学生初日,そして入学写真はありませんが,その分,愛情でカバーしようと思います.

今回の休校の連絡を歓迎しながらも「みんなが少しは納得して安心できる5月や6月に入学式をすれば良いのになぁ」と「4/16から」という文言を「あ~あ」と恨みました.


5/6まで

臨時休校の終わりが5/6.

しかし,この日付こそ工夫すべきところです.

大学・高専も5/6まで.

この5/6, 5/7が一番ごちゃごちゃした時期で,実は危険なんじゃないかと.

メリノールなんかは5/10まで休校です.

5/6, 5/7の濃厚接触者が異変を感じ始めるタイミングをずらして頭がいいなと思いました.

こういうところ,個性を尊重する教育がなされていない弊害ですね.


両市の共同アクション

点ではなく線でカバーできてより良いもの,評価してます.

この両市を見るにあたって中日新聞の記事がとても良い影響を与えたのではないかなと推測しています.


こちらの記事なんですが,県の宣言に対して「通常通り」カテゴリの鈴鹿市と亀山市がとっても目立ってましてGoodです.

やはり表現における表って大事ですね.

実は私の去年6月の一般質問の焼き直しみたいなのが,どなたかが3月に一般質問してたんですよね.

「全く一緒だな~」と笑って見てたんですが,恐ろしいことに周囲はそのことに気づいていないんですよね.

記憶は永遠ではなく刹那.

そのことも3月に経験したうえで中日新聞さんの記事の表は素晴らしいし大事だと思ってました.


「移動活動のグリッド化」ではなく「移動のグリッド化」

自然対数に乗ってくるもの相手にしているのに,全くと言っていいほど科学的なアプローチがないんですよね.

微分,積分,ラプラス変換に逆ラプラス変換辺りを用いてくれたらグリッド化の対象を「移動活動」にすることも可能なんですが,それら無しなら「移動」のグリッド化も止む無しです.

集団の進歩というのは難しいものです.

Society 5.0にはPrivacyの融通を認める事後的法解釈が出てきた方が社会の安全には寄与できると思います.

その点で中華人民共和国には注目です.


オンライン授業

都市封鎖の間も中国は遠隔授業で学校は継続していたんですよね.

昨日はドイツの状況も聞けたのですが,同様に遠隔授業.

日本のオンライン授業はと言えば品質重視という聞こえは良いものの,はっきり言って無茶な同期性を求めていると思います.

この辺りの縛りを緩めていかないと,世界から引き離されている現状を更に悪化させますね.

そして3月の一斉休校から各校コンテンツを用意していますが,とんでもなく少ない.

少数ながらも家にPC環境がない生徒がいるからだそうですが,悪平等と言えるでしょう.

しかし,インターネットを前できるんだったら悪平等優先の学校なんて期待せずに自分で勉強することを優先すべきかと思います.

早い段階でその切り替えさせないと,COVID-19もあってこの状況なら,そこそこ伸びる児童・生徒ならとことん伸びて,今まで以上の2極化が起こることは確実です.

日本も中等教育の飛び級制度を拡充した方が良さそうですね.

実は飛び級に関しては一家言あるのですが,ここでのネタばらしは遠慮します.


欧米が納得できる収束プロセスを

終息ではなく収束です.

理想は根絶させての終息ですが,微視的な見地からは不可能です.

2003年のSARSでさえ,ワクチンも特効薬もありません.

そもそも風邪の特効薬を作ったらノーベル賞っていうのは科学者なら誰しもがわかっていることで,費用対効果においても深追いは人類にとって危険かもしれません.

それよりもマクロな収束を目指すべきかと思います.

欧米は都市封鎖でもって収束プロセスを開始しています.

日本はなんだかんだでザルを使って水をすくっている状態で,収束プロセスは始まっていないと見られています.

ザルを重ねたりして驚くようなザルに変貌していますが,不織布マスクと一緒で上手に使うというか,天網恢恢疎にして漏らさずを地でいきたいって感じですね.

そこが日本の凄いところですが,都市封鎖を行った同盟国からの眼にはどう映るでしょうか.

都市封鎖で収束をいち早く達成した中国のように,いずれは欧米も収束プロセスにゴールを見出すでしょう.

その時には同時期に同じ手段で収束させないと,同盟国からの信頼を得られないのではないかと危惧しています.

収束に向けたラストスパートには日本も都市封鎖をするべきかなと思います.


Financeの和訳は「金融」ではいけない

前々から記事中でも言ってることのダイジェスト版.

お金にきれいでいたがる日本人にこの「金」という漢字は先入観から抜け出せられない一大要因と思います.

もっと価値のportabilityに重きを置いた言葉が必要かな...



今夜は鈴鹿市・亀山市緊急共同アクションから頭に浮かぶことをソフトに羅列.

同じ考えまでは求めないまでも,アイデアをシェアできる人が増えることを望んでいます.

早くCOVID-19収束プロセスが始まり,安心して暮らせる世界になりますように.




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