夢のもつれ

なんとなく考えたことを生の全般ともつれさせながら、書いていこうと思います。

北朝鮮において客観的な歴史は可能か?2.

2016-06-10 | review
 東大名誉教授の和田春樹について、重村智計によると「北朝鮮による日本人拉致を否定してきた」人物です。2001年に岩波書店の『世界』に和田は「北朝鮮は、横田めぐみさんを拉致していない」との論文を投稿したのに、2002年に当時の金正日総書記が拉致を認めたため、ウソがばれて信用をなくしたにもかかわらず、韓国の左翼勢力に受け入れられるという奇妙な現象が生じたそうです(251ページ)。こういう人が韓国では「良心的日本人」と呼ばれる、日本ではもはや力を失った左翼だと重村は断じます(250ページ)。

 しかしながら、重村の意見のみに依拠することは客観性を欠くと言わざるをえないでしょう。和田らの見解も見ておきましょう。2012年に出版された岩波新書の『北朝鮮現代史』は拉致問題についてあまり触れていませんし、1977年11月の横田めぐみさんの拉致が実質的に最初のケースだとか、2002年の当時の小泉首相と金正日国防委員長の会談のお膳立てはブッシュ政権には秘匿されたまま進められたといった、事実らしきものを淡々と述べるに留まっています。

 しかし、そうした中でも注意すべき記述はいくつもあります。特に「韓国民主化運動は北朝鮮と無関係ではじまり、無関係で進んでいた。北朝鮮はこの運動に影響力を行使することをめざし、工作員を送り込もうとした。70年代の末に向かって強められる南朝鮮工作の展開の過程で、日本人拉致が1977年から実行された」(141ページ)のくだりは重要でしょう。なぜなら、仮に重村が主張するように韓国民主化運動が北の影響下にあるとしたら、たとえ間接的にせよ韓国の民主化勢力は拉致問題の共犯者ではないかという疑念を惹起するからです。さらに、和田のように『世界』を発表の場として拉致問題を否定してきた学者や知識人たちは、単なる無邪気な嘘つきどころではなく、自国民の人権侵害と自国の主権侵害を行う北の工作の片棒を知ってか、知らずかの分別はともかく担いできたのではないかという嫌疑を免れない怖れが十分に存在しうるからです。

 そして、そうした仮定を置くと和田の本はとてもわかりやすいものになります。例えば拉致被害者の帰国後の取り扱いについて、「北朝鮮が一時帰国を認めて、生存拉致被害者5人が10月15日に帰ってくると、日本政府は約束を反故にして、5人を平壌には戻さないことにした。…一時帰国の約束など存在しなかったと外交官に言わせて、突っぱねたのは明らかに背信行為であった。日朝関係は一転して険悪となった」(212ページ)といった記述は、北の代弁者と見做して読んでみればよく理解できます。2003年からの「米・中・朝・韓・露・日の六者協議」や2004年の小泉首相の再訪朝の記述に混じって、なぜか北でのタンク車事故への北の救援要請に和田を団長とする救援金638万円を持参した代表団が訪朝し、「現地と新義州の病院を自動車で訪問することが許された」(214ページ)というウキウキした気分を感じさせる描写があるのも、三跪九叩頭の礼という言葉を知っていればすんなり納得できるわけです。

 どこからか、そんな世界的に見れば二流大学の三流学者の不名誉を暴きたてるよりも、ずっと大事なことがあるだろうという声が聞こえてきます。確かに、「日朝首脳会談の成功は金大中大統領が進めてきた南北の経済交流の前進とも軌を一にして、互いに支えあっていた」、「12月の大統領選挙では、金大中の太陽政策を継承する廬武鉉が当選する」(211ページ)といった記述は南の政権と北の戦略との深い関係について示唆を与えてくれます。初のノーベル賞を韓国にもたらした平和賞受賞者の金大中は重村の本によれば北を利用するとともに、北に利用されてきた人物という印象であり、その賞もカネで買ったとの批判が絶えず、南北首脳会談も500億円を金正日に送金して実現させたものだということです。

 でも、何より興味深いのは金大中に限らず家族と故郷を大事にする大統領が多く、重村によれば例外は朴正煕と金泳三だけだという指摘です。「大統領にポストや利権の頼み事をしたい人々は、兄弟や夫人、息子に取り入り、多額の資金を手渡す」とか、「伝統的な対立は、全羅道(古代の百済地方)と慶尚道(古代の新羅)の地域対立で、互いに決して心を許さない」(213ページ)とか、金大中は百済の滅亡以来指導者を出していなかった「全羅道の希望の星であった。1980年春の金大中の逮捕で、その希望が失われたと思い、怒った。それが、光州民主化抗争の始まりだった」といった指摘の方が朝鮮民族を理解するのに有益でしょう。残念なことに北にも地元びいきがあるのか否か、重村も和田も記述はありません。まあ、そういう民主主義といったイデオロギーや理屈とは別のところで政治が動くのはアジアに限らず、発展途上国を中心に世界のどこでもある話じゃないかという気もしないでもないんですが、アイルランドとは、普遍的な倫理観という意味で、ちょっと違っているような気がします。

 それはともかく、かつての民主党の野田首相は2012年にピョンヤンの中枢とは連絡も取れないような詐欺グループにまんまと引っかかり、「拉致被害者の帰国に応じる」との虚言を信じて、北朝鮮行きのチャーター便まで用意し、数億円を騙し取られたそうですが(5ページ)、彼の地盤も確か「金権千葉」という汚名を着せられていた地域だったような気がします。カネでなんでも売り買いできるという人たちに囲まれていると、いちばんふさわしくない場面なのに、ついそう考えてしまうということですが。

 和田の本に話を戻しますが、ぼくは次のような抜き書きでもう十分な気がします。

北朝鮮は内部情報を完全に秘匿することに成功している例外的な国家である。北朝鮮の現在について知りうる良質の内部資料は得られない。…北朝鮮の体制を理解するのに研究者はさまざまなモデルを採用して、その適合性を検証してきた。日本天皇制の国体と北朝鮮のチュチェ(主体)の類似性に着目したカミングスの「コーポラティズム国家」論、社会主義と儒教的伝統の「共鳴」を本質とする鐸木昌之の「首領制」論が代表的なものである。私が構築したのが第3のモデル、「遊撃隊国家」論だった。…朝鮮労働党の機関紙『労働新聞』や理論誌『勤労者』、指導者の著作集を精読することが最も重要で…(まえがき)


 もう1冊の2007年に出版された『北朝鮮は、いま』について何か書くのは、めんどくさいなぁと真底感じ入ったので、今回は画像の掲載のみにて読者のご寛恕を請います。














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