夜汽車

夜更けの妄想が車窓を過ぎる

職に行き当たらない君に

2012年07月25日 06時52分17秒 | 日記
 世の中を動かしている人々、或いはその擁護代弁を行うニセ預言者は”雇用のミスマッチ”などと言う一銭にもならぬ言葉を平気で使い”この地上世界が既に『慣れ親しんだ従来の観念』では動かなくなっていることを洞察しようとしない、洞察力そのものがない、自らは”現状で事足りている”人々だから。
 或いはまた、”やる気”があれば、と言う汚らしい昭和ゼニゲバ言葉を使って鞭打たれ、打ちひしがれて居る人々を更に足蹴にし、言葉の暴力で攻め苛む。これが実質”イジメ”ではないかと考えても見ない。その一方で大津のイジメ事件に眉をひそめて自分と自分の家族がそのような不幸の圏外にあることに密かに安堵する。
 多分この自己撞着を”人の腎(ムラト)を探り、思いと心を鋭く切り分ける”誰かが世界を掃除しようとしている、多くの人々がそれに気着いていない。”イチジクは芽をふいている”のに、と私は洞察する。
 ハローワークは”何とか形だけでも求人を”とカイシャに頼んで回り、企業は自らも先行き不安ながら求人票を書く、そんな事例もありそうな気が・・・経験によれば・・・する。こうして何とか就職したい人々が”なしのつぶて”や”沈黙”や”ケンモホロロ”、”門前払い”の反応にガッカリさせられる。
 ”経験、経験、経験”、”一に経験、二に経験、三・四がなくて五に経験、即戦力、即戦力・・・”こうして人々は”ユニクロ”モードにされて使い捨てになる。”どこから線を引き始めてよいか?”も”一角法と三角法の使い分け”の観念もナァーンニモナイ、たった一行の英作文も出来ない人々が唯に”学卒”と言うレッテルだけで職に有りつく、そして・・・カイシャの傘で威張る、間違った英文でもカイシャインの英文なら正しい、下請け社員の英文はTOEIC900レベルでもマチガイ。
 ソロモン王は言う、”この世界は王たるものが裸足で歩き、僕たるものが馬に乗っている”。あの豪華客船の旅などを見るとすぐこれを思い出す。昔、”今の世界は人がどういう値打ちを持っているか、何を出来るかで決まるのではない、『何処に居るか』でその境遇が決まるのだ”と何かで読んだことがある。その通り。坂本龍馬言うには人間は一皮剥けばみんな赤まだらだ、・・・そうだ、その反省、謙虚がない。
 この世界の主人公は”充満して無の姿をしている気”であって人間でも法人でも政府でもない。人間が動物に優るたったひとつの理由は智慧、もっと解り易く言えば立案し、計画し、遂行し、検証する能力、つまり管理能力を賦与されている点である。それが何のために賦与されたかを考えてみなければならない。その能力を利己的に使い、能力の賦与者に対する畏れと謙遜を失った結果が今の世界である。
 私が『覚醒』を模索し、『自分とはどういう存在か』を真剣に考え、多くの人々から示唆を戴きつつも尚、聖書の神から離れない、離れられない、のはそこに理由がある。”思索、瞑想、そして覚醒”に至り得る人は僅少であり、と言うことは、・・・元々人間はそのようには創られていない。受け留め、励ましてくれる存在が無くては生きられない、或いは別の言い方をすれば畏怖の存在を決して忘れてはならない被造物なのだ。
 職に当たらない人、あなたの仲間は多い。カイシャやヤクニンやヤクショやセイフは綺麗ごとを言いながらあなたを蹴飛ばし鞭打つかもしれない。でも聖書の神の観点では”無駄な被造物はひとつもない”、”あなたは私にとって貴重な存在”である。故に、”人に対して生きない”、”あなたを覆い貴方の細胞の隙間に充満し埋め尽くしている『気』、つまり宇宙そのものであると同時に聖書に言うアブラハム、イサク、ヤコブの神、に対して生きるならばあなたは見捨てられることはない。
 
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