草むしり作「ヨモちゃんと僕」後1
(夏)ネコは何かを我慢している①
台風はぼく代わりに、停滞していた梅雨前線を連れ行ったようです。翌日は朝から青空が広がり、家中の窓が開け放されました。乾いた風が湿った部屋の中を吹きぬけ、夏がやってきました。
久しぶりの青空に喜んだのもつかの間でした。お母さんがたまっていた洗濯物を干し終った頃には、寒暖計の針はグングンと上昇して、今年一番の暑さになりました。梅雨の雨空に慣れてしまった体は早くも悲鳴をあげ、雲一つない夏空をうんざりと見上げる始末です。
梅雨明けと同時にハウスみかんの収穫が始まり、お父さんとお母さんは毎日忙しく働いています。まだ夜が明けきらない朝の涼しいうちに、みかんの摘み取り作業を始めて、午後からは出荷のための箱詰作業。それでなくても暑い夏場、ハウスの中の温度は四〇度を軽く超えます。その暑さの中で、みかんを一つひとつ手作業で収穫していく、きつい仕事です。
真冬に加湿器で温めて、ハウスの中を春の状態にして花を咲かせます。ハウスの中で温度や水やりを調節して、春から夏そして秋へと、季節を先取りしてみかんを実らせます。収穫は一年間の仕事の集大成です。お父さんもお母さんも毎日忙しそうです。
そんな中、ぼくたちも大忙しです……。ああ、ごめんなさい。嘘をついてしまいました。大忙しなのは、ヨモちゃんだけです。
ヨモちゃんは夜になると倉庫の見回りにいきます。甘いハウスミカンは人間だけではなく、ネズミも大好きなのでしょう。ハウスミカンの収穫が始まって以来、ヨモちゃんは二日に一度くらいの割でネズミを捕ってくるようになりました。
「こんなに居るのか」
お父さんは、ヨモちゃんがたくさんネズミを捕って来るのに驚いています。もしヨモちゃんがいなくなったら、家はネズミであふれてしまうのではないかと心配もしています。
「お前もヨモギみたいにネズミを捕っておいで」
離れの仏壇の前で大の字になって昼寝をしているぼくに、お父さんが言いました。
人間は汗をかくことにより体温を調節していますが、ぼくたちネコは汗が出ないので体を舐めて体温の調節をします。しかし唾液で体を濡らしたくらいでは、真夏の昼下がりの暑さを乗り切ることはできません。涼しい所に避難して、仰向けになって手足を大きく広げて、体内に籠った熱を発散させるのです。
ぼくの知る限り家の中で一番涼しい場所は、離れのお仏壇のある部屋です。だからお仏壇の前で一番涼しくなる恰好で寝ていただけなのですが、お父さんにはどんな風に見えたのかなぁ。
「………」
ぐっすり眠っていたものだから頭がボーっとして、声を出すのもおっくうです。こんな時にはなにか食べるのに限ります。
「どうしたフサオ、黙ったままで。なんだ、お腹が空いたのか」
食べ残しのカリカリを食べているぼくに、お父さんが声をかけました。たぶんぼくが黙ったまま仏壇の部屋から出て行ったので、気になってようすを見に来たのでしょう。
「そうか、お前。ストレスを何か食べて発散するタイプかぁ」
「やっと頭がすっきりした」
「そうか、そうか。ネズミが捕れないこと気にしていたのか」
「あっ、お父さん何しているの」
「悪かったな、お前がそんなに気にしているとは思わなかったよ。そのうち捕れるようになるからな、今聞いたことは忘れろよ」
「うん。なんのことだが分からないけど、忘れるよ」
その日以来お父さんは、ぼくにネズミを捕ってこいとは言わなくなりました。それから毎日暑い日が続き、お父さんとお母さんは相変わらず忙しそうにしています。その間ぼくはすっとお仏壇の前で、大の字になって寝て過ごしました。
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