夏休みに帰省した次女が、本を見ながらお菓子作り始めた。作っているのはフルーツのタルトレットで、見ているにはフランスの製菓学校の、東京校が出版した本だった。
今作っているにはフルーツを乗せる土台になるタルトの練り込み生地だ。小麦粉とバター、卵、砂糖を混ぜ合わせてオーブンで焼く。「面倒くさい」口から出そうになった言葉を飲み込こんで、その場から逃げようとして娘に捕まってしまった。一人では不安なので居てくれと言う。悪い気はしないのだが……。
それにしてもふるった粉が飛び散って周りが真っ白だし、洗い物は流しに溜まっている。その辺のところをやんわりと注意したら、素直に洗いものを始めた。少しは大人になったようだと思っていたら、「『カードを切るように』ってどうやるの」と聞いてきた。生地を混ぜ合わせる説明文に、「カードを切るように混ぜ合わせる」と書いているそうだ。
「カードを切るように」オウム返しに言ってみたが意味が分からない。カードとは何だろう、切るとはどうするのだろか。思い浮かんだのはトランプのカードを切る仕草だった。
「この場合は粉が粘っちゃいけないわけでしょう。クッキーやスポンジケーキを作る時も、粉と他の材料を切るよう混ぜ合わせるって言うのよ。だからこうやって混ぜ合わせることじゃないのかしら」とトランプを切る手つきをして見せた。
しかしフランス人とは、実にややこし言い方をするものだ。そう言えば七一のことは六十と十一、九一のことは四つの二十と十一と言うらしい。前にどこかの誰かが言っていたことを思い出した。だから粉の混ぜ方に「カードを切るように」なんて面倒くさい言いかをするのも、当然のことなのかもしれない。
「そういうややこしい言い方をするのがフランス語で、それがフランスの文化なのよ」などと調子に乗って言うと、隣で怪しげな手つきの娘が大きく頷いた。
出来上がったお菓子はとても美味しかった。特に練り込み生地の部分の、サクサクとした歯ごたえは絶品だった。「この本なかなか良いじゃないの」ケーキを食べながら本を開いて、ゆっくりと作り方を読み返して見るのだった。
ところがとんでもない間違いに気が付いてしまった。本には「カードを切るよう」にではなく「カードで切るように」と書かれていた。カードとはシリコン製のヘラのようなもので、ゴムベラの横を大きくして持ち手を取ったような形をしている。このカードなら確か家にもあったはずだ。
恥ずかしい。他国の文化を批判する前に、自分たちの読み間違えに注意しなければ。
次回10月9日より藤沢周平著「蝉しぐれ」あらすじを投稿いたします。ご期待下さい。
今作っているにはフルーツを乗せる土台になるタルトの練り込み生地だ。小麦粉とバター、卵、砂糖を混ぜ合わせてオーブンで焼く。「面倒くさい」口から出そうになった言葉を飲み込こんで、その場から逃げようとして娘に捕まってしまった。一人では不安なので居てくれと言う。悪い気はしないのだが……。
それにしてもふるった粉が飛び散って周りが真っ白だし、洗い物は流しに溜まっている。その辺のところをやんわりと注意したら、素直に洗いものを始めた。少しは大人になったようだと思っていたら、「『カードを切るように』ってどうやるの」と聞いてきた。生地を混ぜ合わせる説明文に、「カードを切るように混ぜ合わせる」と書いているそうだ。
「カードを切るように」オウム返しに言ってみたが意味が分からない。カードとは何だろう、切るとはどうするのだろか。思い浮かんだのはトランプのカードを切る仕草だった。
「この場合は粉が粘っちゃいけないわけでしょう。クッキーやスポンジケーキを作る時も、粉と他の材料を切るよう混ぜ合わせるって言うのよ。だからこうやって混ぜ合わせることじゃないのかしら」とトランプを切る手つきをして見せた。
しかしフランス人とは、実にややこし言い方をするものだ。そう言えば七一のことは六十と十一、九一のことは四つの二十と十一と言うらしい。前にどこかの誰かが言っていたことを思い出した。だから粉の混ぜ方に「カードを切るように」なんて面倒くさい言いかをするのも、当然のことなのかもしれない。
「そういうややこしい言い方をするのがフランス語で、それがフランスの文化なのよ」などと調子に乗って言うと、隣で怪しげな手つきの娘が大きく頷いた。
出来上がったお菓子はとても美味しかった。特に練り込み生地の部分の、サクサクとした歯ごたえは絶品だった。「この本なかなか良いじゃないの」ケーキを食べながら本を開いて、ゆっくりと作り方を読み返して見るのだった。
ところがとんでもない間違いに気が付いてしまった。本には「カードを切るよう」にではなく「カードで切るように」と書かれていた。カードとはシリコン製のヘラのようなもので、ゴムベラの横を大きくして持ち手を取ったような形をしている。このカードなら確か家にもあったはずだ。
恥ずかしい。他国の文化を批判する前に、自分たちの読み間違えに注意しなければ。
次回10月9日より藤沢周平著「蝉しぐれ」あらすじを投稿いたします。ご期待下さい。