草むしりしながら

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草むしり作「ヨモちゃんと僕」後5

2019-09-25 05:48:44 | 草むしり作「ヨモちゃんと僕」
草むしり作「ヨモちゃんと僕」後5

(夏)ネコは何かを我慢している⑤

「あっ、ヨモちゃんだ」
 納屋の軒下にヨモちゃんがいました。
「今、星が流れた……」
 ぼくは言いかけた言葉を飲み込んで、その場に立ち止まりました。腰を低く落として納屋の中を覗き込んでいるヨモちゃんは、振り向きもしません。そのままの姿勢で、尻尾を地面すれすれに気ぜわしそうに振っています。それは来るなという合図です。
あっ、突然ヨモちゃんが納屋の中に飛び込みました。
「………」
 ネズミだ。ネズミの鳴き声が聞こえたと思ったら、ヨモちゃんが納屋から飛び出してきました。
「ダメ」
 ネズミをもらおうとして走り寄ったぼくは、ヨモちゃんに追い払われました。
「お母さんにあげるンだから」
 ヨモちゃんはネズミを口にくわえて、明かりの消えた窓の下に走って行きました。
「お母さん大好き」
 ヨモちゃんは窓の下にネズミを置いて、納屋に戻っていきました。
「お母さん大好き」
 ぼくもカナブンをネズミの隣に並べて置いて、納屋に入っていきました。納屋の中にはクワやカマ、エンジンの付いた草刈機やチェーンソー、肥料の入ったビニール袋や、灯油を入れるポリ容器など、多種多様の物がしまい込まれています。この春お父さんが竹林に張った網も、小さく折りたたまれて棚の上に置かれていました。

 倉庫にしまいきれなかったのか、空のコンテナも入口近くに高く積み上げられています。ヨモちゃんはコンテナの後ろに隠れて、ネズミの歯型の残ったジャガイモを見ていました。
「ダメ」
 ヨモちゃんの尻尾がゆれました。ヨモちゃんがダメだというのは絶対にダメです。ぼくは立ち止まったままその場に座りこみ、息をひそめてネズミが出てくるのを待ちました。

 でもそんな時に限ってぼくの鼻の頭は痒くなるのでした。以前にも何度かネズミを捕まえようとしたことがありました。物陰に隠れてあともう少しというところで、どうしても鼻がムズムズしてくるのです。たぶんもうじきネズミが出てくるのでしょう。
「ああもう我慢できない、掻いちゃえ」
「何やっているのよ」
「ごめんなさい。もうしません」
 我慢できなくて鼻を掻こうとしたら、ヨモちゃんにパンチを喰らってしまいました。どうやらネズミに気づかれて、逃げられてしまったようです。こういう時には逃げるが勝ち。ぼくは急いでコンテナの上に駆け上がりました。
 ヨモちゃんは嫌な顔をしてコンテナの下からぼくを睨むと、灯油の入ったポリ容器の後ろに隠れ場所を替えました。ぼくは思う存分鼻の頭を掻いてから、コンテナの上に座りこみました。

「………」
 首がコトンと横に傾いて、ぼくはハッとなって目が覚めました。しまった。不覚にも眠ってしまったようです。ぼくは大きなあくびを一つしました。緊張が極限に達し心拍数が低くなり、体の中が酸欠状態になったので、酸素を補給したまでです。でもどうひいき目に見ても、のん気にあくびをしているようにしか見えませんね。
「あっ」
 ヨモちゃんがネズミを仕留めたようです。でもあくびの途中だったので、ネズミに飛びかかるところを見逃してしまいました。ネズミを口にくわえたヨモちゃんがぼくを睨んでいます。
「ダメ、お父さんにあげるンだから」
「ちょうだい」ってぼくが言う前に、断られてしまいした。でもヨモちゃんはお父さんにあげると言った割には、ネズミで遊び始めました。
 チョンチョンチョン、ポーン。ネズミを高く放り上げて空中でキャッチ、しばらくその場に置いてひと休み。ネズミはその隙に必死で逃げようとするのですが…。ヨモちゃんの方は余裕しゃくしゃく。逃げるネズミを横目で見ながら知らん顔。ネズミが壁際まで逃げ切ったところで、またしても飛びかかり、口にくわえて元の場所に運んで来ました。
「ぼくも入れてよ」
「ダメ」

 コンテナから降りようとするぼくを、ヨモちゃんがおっかない顔で睨みました。ところがその隙にネズミが逃げ出して、棚の後ろに隠れてしまいました。もとは小学校の図書館の本棚だったという棚は、三段に仕切られていて、細々としたものをしまうにはちょうどいい大きさです。古くからある四つの小学校を統合して、新しい学校ができたのが五年前になります。その時に古い学校のいらなくなった備品を、お父さんが貰ってきたのです。
 
 納屋に置かれた棚の横には、クワやスコップなどの比較的大きな道具が立てかけられています。ネズミはそこに逃げ込んだようです。クワとツルハシの間の隙間に前脚を突っ込んで、ヨモちゃんがネズミを追い出しています。出て来たネズミを口にくえて、振り向こうとしているヨモちゃんのようすが変です。どうやら柱に打ち付けられた釘に、首輪をひっかけてしまったようです。釘の先はぼくの尻尾の先のように曲がっていて、一旦引っかかるとなかなか外せません。ヨモちゃんは首をしきりに傾けています。

「どうしよう。お父さん呼んでこようかな」
 ぼくがコンテナから降りようとした時でした。ヨモちゃんが首を大きくかしげたままグイと引っ張りました。プッンと止めがねが外れて、ポロリと首輪が落ちました。
「なんだ、首輪って簡単に外せるンだ」。
 ぼくはちょっと意外な気がしました。
「お父さんにあげるンだから、ついて来たらダメだよ」
 ヨモちゃんはネズミをくわえて納屋の外に出て行きました。後にはヨモちゃんの首輪がポツリと落ちていました。ヨモちゃんの首輪はきれいなピンク色をしています。ぼくの首輪は黄色で、小さなハートの飾りが付いています。

「フサオ。あんた色が黒いから黄色がよう似合ちょるねぇ」
 この前、回覧板を持ってきたおサちゃんが誉めてくれました。おサちゃんは、黒と茶色の縞模様の地味な毛色には、黄色が良く似合うと言いたいのだと思います。おサちゃんに誉められたからだけではないのですが、黄色い首輪はぼくのお気に入りです。釘などに引っかけないように気をつけなければ。
 



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