草むしりしながら

読書・料理・野菜つくりなど日々の想いをしたためます

なるようになるさ2

2019-10-24 19:06:25 | 偏屈婆さん
なるようになるさ 2 
 お茶と芋の煮物、頼まれた洗濯物を持って、一人暮らしをする伯母の家に行った。週に二日、日曜日と水曜日には行くようにしているが、この前の日曜日には用事があって、姉に代わってもらった。

 という訳で一週間ぶりの訪問である。「どうだった運動会」会うなり伯母に運動会の話を聞いた。と言うのも、先週の水曜日にはディサービスの運動会に出かけて、伯母に会えず仕舞いだったからだ。九九歳の伯母が、一体どんな競技に出たのか、ずっと気になっていた。
 
 「玉入れ「」と「パン食い競争」に出たと言う。ディサービスの運動会なので、たぶん私の想像する「玉入れ」でも「パン食い競争」でもはないのだろうが、持ち前の負けん気を出して頑張ったのではなかろうか。ニコニコ笑って運動会の話をしていた。
 
 日曜日に姉が行った時、このごろ目が見えなくなったとこぼしていたと言う。白内障ではないかと思い目の中を覗いてみようと思うのだが、笑ってばかりいるので目の中を見ることが出来なかった。
 
 まあいいか。所詮見たとしても素人に分かる訳がない。なるようになるさ。それよりも笑顔を見た方がもっと良い。
 
 それにしても近頃はやる気満々で、一時止めていたクロスワードパズルもまた再開した。目が見えないなんてこぼす割には、小さなマスの中に何やら字を書き込んでいる。

味噌

2019-10-24 07:59:23 | 草むしりの得意料理
 先日樽から出した味噌は、二年前の冬に仕込んだもので、赤と言うよりも黒に近い色をしている。早速みそ汁を作ったが、感動するほど美味しくて、どこか懐かしくもあった。  
 
 簡単に言うと味噌は、柔らかく煮た大豆と米ないし麦の麹と塩を混ぜたものを、樽に仕込んでおけば出来る。その時に私たちの手に住み着いている菌が、味噌を美味しくする手助けをすると言われている。しかし手には悪さをする菌もいるので、綺麗に手を洗ってから味噌を作るのが鉄則だ。

 この味噌も私の手の菌が働いて、美味しくなったのだろう。大したものじゃないか私の菌は、などと自慢してしまった。このいい働きをする菌は、家にも住み着いているという。  

 そうか家の菌か……。そっちの方が働いたかな。たぶん母の菌もその中に混じっていたのだろう。母が生前使っていた味噌作りの道具や、古い家の柱や梁に住み着いていて、私が昼寝をしている間にこっそり樽の中に入ったのだろう。どおりで懐かしいはずだ。
 
 今年は十月に入っても暑い日が続き、ナスがまだ美味しい。子どものころには夏の間は、毎日なすみそ汁だった。いい加減飽きてきて、汁だけ飲んでナスを残してよく怒られた。今日のみそ汁は、その頃のみそ汁の味がした。

なるようになるさ

2019-10-16 20:22:19 | 偏屈婆さん
なるようになるさ
 
 毎週水曜日と日曜日は一人暮らしをしている伯母の所に通っている。今日も訪ねていくと、家に鍵がかかっている。近くに住む生家の甥に尋ねると、ディサービスの運動会に行ったと言う。

 いつもは火曜と金曜日に行くのだが、今日は特別なのだとか。それにしても運動会とは、応援だろうかそれとも選手で出るのだろうか。

 伯母はこの秋で満九十九歳になった。先日の誕生日には、甥に白寿のお祝いをしてもらったばかりである。ずっと元気で人には頼らず、なんでも自分でやって来た。それが昨年の五月に腰を痛め、今では寝ていることの方が多くなった。

 ディサービスには昨年の八月から通い始めた。最初は行くのをすごく嫌がったが、すぐに馴染んで、この頃ではディサービスの話ばかりをしている。

 留守なら帰ろうかと思ったが、せっかく来たのだから掃除だけでもしようと、合鍵を使って家の入った。見慣れた伯母の家が、いつもと違って見える。主のいないベッドがなんだが寂しい。いつかはこんな日が来るだろ。その時私は泣くのだろうか、笑うのだろうか……。

 いかん、いかん、勝手に想像力を働かせては。運動会を楽しんでいる伯母に失礼だ。当の本人は「これ以上生きたいとも、もう死にたいとも思わない。なるようになるだけだ」と言っているのに、私がいらん事を考えてどうする。秋風に吹かれながら、ケセラセラと口ずさんだ。


取り(鳥)込む

2019-10-15 21:28:05 | 猫自慢
取り(鳥)込む
 
 姉の家は同じ敷地内にある。家が新しいからだろうか、この頃私の飼い猫のハナコは、姉の家に入り浸っている。その朝ハナコは、姉の毛布の上にゲボをしたと言う。ハナコにすれば姉の方が新参者なのだろう。使っているパソコンの上を占領したり、下っ腹に噛みついたりと、姉の家ではやりたい放題ある。

 しかし毛布の上にゲボとは困ったものだ。飼い主として悪いとは思いながらも、ここは黙ってやり過ごすしかない。気まずい雰囲気の中で、二人で朝ドラなどを見ていた。「この妹役の子役、うまいね」などと話題を微妙にそらしながら……。

 そこにトントンと階段を下りる音がして、当のハナコが2階から降りて来た。姉の手前ひとこと言わなければ。ハナコを見ると、何かを咥えている。
 
 「ネズミ」と思った瞬間だった。口の開いたままの私のバックの中に、咥えていた物をポイと放り込んでしまった。普段だったらネズミを見ただけで大騒ぎするのだが、今度ばかりは姉と二人で手を叩いて大笑いをしてしまった。おかげで先程までの気まずい雰囲気も消えてしまった。

 毛布にゲボとバックにネズミ。お互いに恨みっこ無しの痛み分け。それにしてもなんて空気の読める猫だ。しばらくは感心していた。

 しかし毛布にゲボは洗えば済むが、バックにネズミは洗っても済まされない。しかもバックはくたびれてはいるが私のお気に入りのヴィトンだ。捨てるには惜しいし、使うのは気持ちが悪い。

 とんでもないことをしてくれたものだ。家に常備しているネズミ専用の火箸を持って、恐る恐るバックの中を捜したが、ネズミなど入っていなかった。

 おかしい、さっき確かに放り込んだのを見たのに……。辺りを見回す私の目の前を、スズメがさっと飛び立ち、ハナコが後を追いかけて行った。なんだ、鳥だったのか。ネズミでなくてよかった。

 それにしても朝からバックに鳥が入るとは、縁起がいい。取り(鳥)込む。お金がどんどん儲かりそうだ。ありがとうね、ハナコ。その日は朝から気分が良かった。

「林家たけ平」落語会にて

2019-10-14 21:49:45 | 日記
林家たけ平落語会にて

 抜けるような青空の下、市内の生涯学習センターに「林家たけ平」さんの落語会に行ってまいりました。林やたけ平さん、昨年に引き続き、当市での2度目の落語会です。 

 平成の大合併で同じ市になったものの、会場の生涯学習センターのある所は、私の家から三十キロ以上も離れております。それでも昨年の面白さが忘れられずに、イソイソと車を走らせて行ってまいりました。

 落語会は二部に分かれており、最初の演目は「源平合戦」。講談風の語り口調で、衣装も袴で登場。落語初心者のために落ちの説明やなにやらを加えて、三〇分以上の熱演でした。流れ出る汗が目に染みるのでしょうが、それを拭いもせず、正座して手をついた袴の両膝が汗で濡れておりました。
 
 さて十分の休憩の後の第二部、演目は「子は鎹」夫婦別れした男女が子どもの仲立ちで元の鞘に収まるという話です。

 当市は以前から落語会を開いておりました。私が初めて生の落語を聴いたのも、この市主催の落語会でした。かれこれ十五年くらい前のことで、招待された落語家はなんと二代目桂ざこば師匠でした。初めて聴く落語が桂ざこばとは、なんとも恵まれたものです。
 
 その時の演目がやはり「子は鎹」でした。聴きながらクス、クスっと笑い途中でほろりとさせられ、最後の落ちでまたクスリと笑いました。それから帰りに車の中でクスクスと思い出し笑いをして、翌日またアハハと笑い、三日後は、手を叩いて大笑いしました。

 一方若い林家たけ平さんの「子は鎹」もまた、素晴らしかったです。別れた女房を前にして、よりを戻したいとは素直に言えない。困って煙草を飲む場面はありました。懐から取り出した煙管に火を点け、思い切り吸い込む。目じりの下からすぼめた口もとにかけて、斜めに太い皺がキューと入って、困った男の表情がこれでもかってくらいに表現されていました。
 
 残念ながら二人の落語を比べるほど、私の耳は肥えてはいません。しかしどちらの落語家さんにも言えることは、観客が申し訳ないほど少ないということです。もっとくればいいのにと、落語会の度に思います。
 
 林家たけ平さん。遠路はるばる当市にお越しいただきありがとうございました。またのお越しをお待ちいたしております。

◎当草むしりブログに訪問いただきありがとうございます。只今松本清張「点と線」のあらすじ書いております。十月二十五日より投稿を開始いたします。ご期待下さい。
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