草むしりしながら

読書・料理・野菜つくりなど日々の想いをしたためます

草むしり作「ヨモちゃんと僕」前編のご案内

2019-07-31 09:47:29 | 草むしり作「ヨモちゃんと僕」
◎いつも当草むしりブログに訪問していただきありがとうございます。さて明日より当ブログは、しばらくの間お休みさせていただきます。次回「赤毛のアン」のあらすじを予定しておりまが、あの村岡花子訳の作品は読むには楽しいのですが、それをあらすじにまとめるとなると、かなり骨を折ります。
七転八倒の毎日です。しばらくお待ち下さい。
 
◎その間、当ブログをお忘れいただかないように、草むしりが以前書きました「ヨモちゃんと僕」という小説を投稿いたしました。少々長いのですが、よろしければ読んで下さい。

草むしり

 恋焦がれた夏空がやってまいりました。しかし来てみればただの暑い夏。気象庁の3ヶ月予報では、平年より気温が高く残暑も厳しくなると発表されました。皆さまご自愛下さい。


草むしり作「ヨモちゃんと僕」前25

2019-07-30 09:07:58 | 草むしり作「ヨモちゃんと僕」
草むしり作「ヨモちゃんと僕」前25

(春)イノシシ母さんとウリ坊たち⑤

 次の日から僕は納戸部屋から出してもらえませんでした。これは別にお仕置きをされているのではなくて、竹林に罠を仕掛けたので、間違えてぼくがそれに掛かると困るからです。

 イノシシ母さんは「三本脚の猪」と呼ばれ、人間の世界ではかなり有名なイノシシでした。親元から巣立ってすぐに罠にかかってしまい、ワイヤーにかかった後ろ脚を食いちぎって逃げたと伝えられています。以来どんなに巧妙に罠を仕掛けてもすぐに見破り、仕返しのように畑や田圃の作物を食い荒らすようになったと言われています。収穫前の作物を荒らされ、耕作を放棄した畑や田圃も少なくないそうです。

 イノシシ母さんは箱罠にかかるほどまぬけありません。でもウリ坊たちが母さんの言うことを聞かないで、箱罠の中に入ってしまうではないかと、僕はとても心配しました。

「イノシシが掛かった」とお父さんが竹林から戻って来たのは、それから三日経った日の朝でした。興奮気味に友達の猟師さんに電話をしています。僕はウリ坊たちが捕まったのではないか心配しました。でも電話口でお父さんが「若い雄の猪が二頭」と言っているのを聞いて安心しました。たぶん罠にかかったのは、イノシシ母さんの言っていたはぐれイノシシのことでしょう。

「三本脚の他にもイノシシの足跡があったからね。たぶんこいつらの足跡だと思うよ。三本脚の縄張りでも狙っていたのか、争った跡もあったよ。三本脚の足跡は最初の日にあっただけで、その後は見当たらないから、やって来たのは最初の日だけだろうな。どうやら奴さん小生意気な若造どもを、人間に始末させようって魂胆だったようだな。こっちもまんまとその手に乗ってしまったよ。今年もまた三本脚にしてやられたよ。」
 猟師さんそんなことを言うにだけど、その顔はちっとも悔しそうでは無く、むしろ嬉しそうでした。

「おや、キミが三本脚にさらわれた猫かい」
 部屋の隅からそっと様子を見ていた僕は、猟師さんに声を掛けられました。
「ぼくを保健所に連れていくの」
「キミは良い家に拾われてきたね。ここにはキミを保健所に連れて行く人間なんていないよ」
 挨拶をした僕に猟師さんは答えてくれました。
「どうだった、三本脚のイノシシは。優しくしてくれたかい」
「うん、僕の尻尾がフサフサできれいだって誉めてくれたよ」
「本当にキミの尻尾はフサフサできれいだね」
「どうもありがとう」
「もしかして、キミも罠の壊し方を習ったのかい」
「うん、習ったよ。それからね、いつも用心深く行動しなさいって教わったよ」
「そうかい。じゃあ三本脚やその子供たちは、もう罠にはかからないな」
猟師さんはそう言って帰っていきました。

 それから日増しに暖かくなり、竹林の中は次から次に筍が頭を出しましたが、お父さんはもう食べ飽きたようで、筍を掘って来なくなりました。おかげで筍はグングンと伸びていきました。

「母さんこれ、こないだの奴だよ」
 お父さんが新聞紙に、何かを包んで持って帰ってきました。
「あら嫌だ、どうしてこんなものを貰ってくるの」
 包みを開けてみたお母さんは、ちょっと困ったような顔をしています。

「命あるものから命をいただくのだ。命に感謝してその恵みをおいしくいただくのが、人の道ってものだ」
 お父さんの言葉にお母さんは素直に「はい」と答えました。お父さんが貰って来たのは猪肉のベーコンでした。お母さんはさっそくフライパンで焼き始めました。ジュウジュウと油の跳ねる音がして、台所に燻し肉の濃厚な匂いが漂ってきました。

「芳ばしくって、とってもおいしい」
 一口食べてお母さんが言いました。
「時生も食べるかしら」
「猪肉だろうと何だろうと、もりもり食べる子になってほしいな」
お父さんはそう言って、お皿の中のベーコンを頬張りました。

草むしり作「ヨモちゃんと僕」前24

2019-07-30 08:55:46 | 草むしり作「ヨモちゃんと僕」
草むしり作「ヨモちゃんと僕」前24

(春)イノシシ母さんとウリ坊たち④

 思ったよりも早く雨が降り始め、僕のつけておいた匂いを洗い流してしまいました。まっすぐな一本道だと思っていたのですが、ところどころに脇道があり、思ったよりも複雑で何度も道に迷いかけました。でも家にいるお母さんのことを考えると、脚が自然に家に向かっていきました。雨はしだいに激しくなり、家の明かりが見えたころには、僕は体の芯まで濡れて泥だらけになっていました。

「お母さん開けて」
 勝手口のドアが開いて、ヨモちゃんが飛び出してきました。
「あんた、いったいどこ行っていたの」
 いきなりヨモちゃんのパンチが鼻先をかすめました。
「おおっ、帰って来たか。なんだ、ずぶ濡れじゃなか。お母さん、タオル、タオル」
「ああ、フサオ、心配したのよ。泥だらけになって、いったいどこに行っていたの。わぁ、臭い。シャンプーしないとだめだわ」
「ああダメダメ。先になんか食わしてやろうよ。缶詰あっただろう」
「お父さん、ヨモギにも缶詰ちょうだい」
「でもこの子、臭いわよ。シャンプーが先よ」
「ああ、あぁ。ヨモギまで泥んこになっちゃった。シャンプーしてやらないと」
「ヨモギ、シャンプー嫌い」
 ヨモちゃんが逃げていきました。

 僕はお風呂でジャブジャブと洗われてしまいました。イノシシの親子の匂が消えてしまって残念でしたが、きれいになってとても気持ちがよくなりました。そのうえ缶詰はおいしいし、部屋の中はストーブが赤々燃えていてとても暖かでした。

「お父さん開けて」
 ヨモちゃんが勝手口のドアの前で、可愛い声で鳴きました。缶詰は半分しかまだ食べていないのに。もう外に行きたいようです。
「ヨモギ、今夜は雨が降っているから駄目だよ。それにほらさっき猟師さんが罠を仕掛けていっただろう。間違えて罠に掛かったら大変だろう。今夜はおとなしく家にいなさい」
「つまんないの」
「この缶詰食べないンだったら、ぼくが貰っていい」
「後で食べるから駄目」
「いただきます」
「また缶詰食べられた。カリカリの方も湿気ちゃったから食べていいわよ」
「やったー、いただきます」
「よくそんなの食べられるわね。クニャクニャしていておいしくないでしょうに」
「そのクニャクニャしたところがおいしんでしょう」
「あんたが来てから嫌なことばっかりだけど、湿気たカリカリ食べなくて済むから助かるわ」
 ヨモちゃんは皮肉っぽい言い方をして、二階に上がっていきました。
「僕がいなくて寂しかったって、正直に言えばいいのに」
「いいえ、せいせいしていました。バッカじゃないの」
 二階からヨモちゃんの声が聞こえました。

「バッカじゃないの。か……」女の子ってみんなああ言うんだなぁ。
「あらあら眠くなったのね。大冒険の後だもの、眠くもなるわ。ゆっくりお休みなさい」
 大きな欠伸をした僕を見て、お母さんはすぐに納戸部屋に連れて行ってくれました。納戸部屋の寝床の中はポカポカしていました。シャンプーの後なので、風邪をひかないようにとお母さんが湯たんぽを入れてくれたようです。

「お母さん、あのね……」
  お母さんにいっぱい話すことがあったのに、寝床の中に入ったとたんに急に意識が薄れていきました。「三本脚」「罠を壊された」断片的に聞こえていた父さんとお母さんの話声が、だんだんと遠くになり、僕はそのまま深い眠りに落ちていきました。

草むしり作「ヨモちゃんと僕」前23

2019-07-30 08:19:17 | 草むしり作「ヨモちゃんと僕」
草むしり作「ヨモちゃんと僕」前23
(春)ノシシ母さんとウリ坊たち③

 道はそれからますます細く険しくなっていきました。僕は木の根っこにつまずきそうになったり、湿った落ち葉で滑りそうになったりしました。でもその度にイノシシ母さんに助けてもらいました。崖に沿った細い道を上りつめると、突然アスファルト舗装の広い道路に出ました。深い山の中だと思っていたので、何だか拍子抜けしてしまいました。

 道路の向こう側には大きなため池があり、周囲にはクヌギ林が広がっていました。車がめったに通らない道路を横切って、池の土手からクヌギ林を抜けて、やっとイノシシ母さんの家に辿りつきました。それにしても随分高い所まで来てしまったものです。

 池の土手から見た景色は今でも目に焼きついています。山裾から田んぼが広がり、その先には海が広がっていました。海の向こうにぼんやりと小さな島が見え、海のそばにある飛行場から飛行機が飛び立っていきました。山の中腹にはみかん山が広がり、白いビニールのハウスが見えました。あれはお父さんのビニールハウスかも知れません。

 イノシシ母さんの家はクヌギ林を抜けた雑木林の中にありました。木の間に小さな枝を積み重ね、中には落ち葉を敷きつめた寝床もありました。ウリ坊たちにせがまれて、ぼくは南の国の象と尻尾のフサフサした猫の話をしました。本当は行ったことの無い南の国でしたが、さも見て来たように得意になって話しました。でもウリ坊たちは母さんのオッパイを頬張りながらすぐに眠ってしまい、けっきょくイノシシ母さんだけがぼくの話を最後まで聞いてくれました。

「お前の尻尾なら本当に風に乗って、南の国にだって行けるかもしれないね」
 イノシシ母さんはぼくの尻尾はフサフサで、とてもきれいだと誉めてくれました。
「風に乗ったら尻尾だけじゃなくて、脚も思い切って横に広げるといいかもしれないよ。ムササビはそうやって空を飛んでいるからね」
「ムササビって、空を飛ぶの。それって鳥の仲間なの」
「ムササビは翼が無いから鳥じゃないね。でも体の皮がダブダブでね、脚を広げるとそれが翼のようになって、高い木の上から空を飛ぶことができるのさ」
 翼が無くても空を飛ぶことができる奴が本当にいたなんて。ムササビってどんな奴なンだろ。
「うん。風に乗ったら、思いきり脚を広げてみるよ」
 話し疲れてぼくは大きな欠伸を一つしました。そしてそのまま深い眠りに落ちていきました。
 
 夕方イノシシ母さんに起こされるまで、ぼくはぐっすりと眠っていました。ウリ坊たちはとっくに目を覚ましていて、もう一日泊まって行くようにしきりに勧めます。一番小さなウリ坊には「もう、家の子になっちゃえば」と何度も誘われました。

「さあ、ここでお別れだよ」
ため池の土手の上でイノシシ母さんが言いました。ずっと一本道だと思っていたけもの道は、土手の途中で二本に分かれていました。一本は土手を下りて道路を横切って山を下って行く、ぼくが昨日通った道です。そしてもう一本は、土手の中央をまっすぐに走っていました。親子はその道を通って、隣の山にある椎茸の原木置き場に、カブトムシの幼虫を食べに行くといいました。

 カブトムシのサナギは甘くてトロリとして、とってもおいしいのだとウリ坊達はいいました。一緒に食べに行こうよと誘われました。そしてウリ坊たちは、僕がいないとつまらないと、口ぐちに言いました。そのくせ姉弟でふざけ合ったり、母さんに甘えたりしていました。そんなウリ坊たちを見ていた僕は、家にいるお母さんのことを思い出しました。

「こっちの道をまっすぐに降りて行くと、昨日の竹林に出るよ。もうじき雨になるから、寄り道しないで早くお帰り。ぐずぐずしていると、雨がお前の残した匂を洗い流してしまうよ」

 僕が途中の木や石に自分の匂をつけていたのを、イノシシ母さんは知っていたのです。イノシシ母さんはぼくが昨日この道を通ったことを、山の獣たちは皆知っていると言いました。

「でも、心配はいらないよ。イタチやタヌキは自分たちの食べ物を探すのに精いっぱいで、お前のことなどに構っていられないよ。シカは体が大きくて立派な角を持っているけれど、臆病者だよ。そのくせプライドだけは高くって、自分のことを山の王だと勝手に思いこんでいるンだ。だから本当はお前のことが怖くて仕方ないのに、お前などには興味が無いって顔をして遠くから見ているだけよ。でももし運悪くシカに出くわしたら、『王様、どうかこの哀れな迷いネコに道をお譲り下さい』って言うンだよ。シカは怖くて仕方ないくせに、知らん顔して道を譲ってくれるよ。すれ違う時に目さえ合わせなければ、何もしないからね。ただね、サルには気をつけるンだよ」
 
 イノシシ母さんはふっと一息つくと、また喋り始めました。
「サルは毛つくろいが大好きでね。だからお前の尻尾を見ると、もう毛繕いをしたくてたまらなくなるだろうからね。この子たちだって時々捕まって毛繕いされているよ。でもこの子たちの毛はブラシのように固くって思うようにいかないから、すぐに返してくれるけれどね。でもお前の尻尾はフサフサで、毛繕いにはおあつらえ向きだからね。捕まったら最後、すぐには帰してもらえないよ。」
 
 サルに呼ばれても返事をしないように。なるたけ尻尾は膨らまさないように。そしてもうじき雨になるので、なるたけ早く家に帰るようにと、イノシシ母さんは繰り返し言いました。

「もし帰り道が分からなくなったら、目を瞑って家で待っているお母さんのことを思い出してごらん。どっちに進めばいいかきっと分かるから」
 僕はイノシシ親子に別れを告げ、土手から飛び降りると道路を横切り、細い坂道を大急ぎで下って行きました。

 


草むしり作「ヨモちゃんと僕」前22

2019-07-29 17:04:31 | 草むしり作「ヨモちゃんと僕」
草むしり作「ヨモちゃんと僕」前22 

(春)イノシシ母さんとウリ坊たち⓶

「早くおいで、人間に見つかってしまうよ」
 一斉にイノシシ母さんにの所に駆けていくウリ坊たち。僕一緒にも走って行きました。

「ねぇ、家に遊びにおいでよ」
「おいでよ、おいでよ」
 一番小さなウリ坊が言い出すと、他のウリ坊たちも言ました。
「じゃぁ、お邪魔しちゃおうかな」
 僕はその気になって、ネットの穴から外に出ました。

「さあ、早くおし。人間がやって来ると厄介だからね」
 イノシシ母さんはよほど急いでいるのか、最後に僕が穴から出たのも気がつかないようです。母さんの大きなお尻がユッサユッサと揺れて、ウリ坊たちの小さなお尻もユサユサ揺れています。  

 でもよく見るとイノシシ母さんのお尻の揺れ方が少し変です。後脚の片方を引きずって歩いています。若い雄との戦いで怪我でもしたのでしょうか。でも怪我をしている割にはけっこう早足です。ウリ坊たちに混じって僕も、尻尾をフリフリさせながらついていきました。

 ただ木や草が茂っているようなだけの山の中にも、山で暮らす動物たちの歩く道があります。それを人間は、けもの道と呼んでいます。けもの道には動物たちの足跡やフンが残っており、シカやイノシシは傍の木に牙や角で傷をつけたり、体に付いた泥をこすりつけたりしています。

「危ないよ」                                                                    
 イノシシ母さんが急に立ち止まったのは、崖に沿った細いけもの道を登っている時でした。恐ろしいはぐれイノシシも、母さんが居るから平気です。母さんが守ってくれるから、何も怖いものなどありません。のんきに遠足気分で母さんの後を歩いていた僕たちは、何が起こったのだろうと、慌てて立ち止まりました。

「この木を見てごらん」
 イノシシ母さんの前には木の枝がありました。枝はちょうど道を遮るような形で、落ちていました。道幅は動物一匹がやっと通れるくらいの細さで、落ちている枝を飛び越えなければ前に進むことができません。枝はたいした太さではなく、難なく飛び越えられそうです。

「道の真ん中を木が塞いでいて、前に進めないよね」
「母さん、こんな小さな木の枝、おいらたち簡単に飛び越えられるよ」 
 一番大きなウリ坊が、前に進み出て木を飛び越えようとしました。
「勝手なことをしてはいけないって、いつも言っているじゃないかい」
イノシシ母さんは前に出たウリ坊を、鼻先で押し返しました。

「いいかい思い出してごらん、今までに道の真ん中にこんな枝が落ちていたことがあったかい」
「うん、あったよ。母さんがその木に牙で目印を付けたじゃないか」
「でも、あれは道の真ん中には落ちていなかったよ」
「そうだよ、あの木は道の脇に生えていたよ」
「タヌキの溜め糞も端っこだったな」
「木の実のたくさん入ったイタチのフンも端っこだったよ」
「サルが捨てて行った木の実の食べかすは真ん中にあったよ」
「それは猿が木の上から落としたからじゃないの。猿は木登りが得意だから、こんな狭い道歩かないはずよ、枝から枝に飛び移って行きたいところに行けるのだから」
 女の子のウリ坊が言いました。
「でもあんなもの別に飛び越えなくたって、踏みつけて行けばいいンだよ」
 ウリ坊たちは道で見た物を次々に挙げていきました。ぼくはいろんな動物たちが、同じ道を利用しているのに驚きました。

「道を塞ぐようにして落ちていたことは無いだろう」
「うん。有りそうで、無いね」
「有りそうで、無いね」
 一番大きなウリ坊が言うと、他のウリ坊たちも一斉に同じことを言い出しました。
「そう。有りそうで、無いことだね。この木の枝は」
 イノシシ母さんは木の枝が子供たちに良く見えるように、道の端に体をずらしました。
「こんな時にはね、匂いを嗅ぐンだよ。お前たちの鼻は筍を掘るためにだけにあるのではないンだよ。匂いを嗅いでごらん、私たちイノシシの鼻は、こんな時のためにあるのだからね」
 ウリ坊たちは一斉に鼻を前に突き出し、クンクンと匂いを嗅ぎ始めました。

「あっ、鉄の臭いがする」
「鉄の臭いがする」
 誰かが言い出すと、すぐに他のウリ坊たちもいいだします。
「いいかい、見てごらん」
 イノシシ母さんはウリ坊たちを残して、今来た道を引き返していきました。どこに行ったのだろうかと思っていると、ガサガサと落ち葉を踏みしめる音がして、道の脇の崖の上から姿を現しました。

「危ないから後ろに下がっていなさい」
 いったい何が始まるのかと興味津々の子供たちを後ろに下がらせると、イノシシ母さんは鼻先で地面から石を掘りだして、枝に向かって落としていきました。ほとんどの石は谷に落ちてしまいましたが、その中の一つが枝の近くに転がり落ちた瞬間でした。ゴトリと音がした瞬間、キュンと何かがはじけるような音がして、地面に積もった落ち葉がパラパラと飛び散りました。

 何が起こったのでしょうか。恐る恐る石の落ちた辺りを見ると、地面から銀色に光るワイヤーが姿を現していました。ワイヤーの先は、近くの木の幹に結びつけられています。

 罠です。罠が仕掛けられていたのです。何も知らずに枝を飛び越えていたら、今頃は自分たちが罠に掛かっていたことでしょう。

「この針金は動物を捕まえるために、特別頑丈にできているのだよ。いくら噛んででもかみ切れないし、力任せに引っ張っても切れるものじゃないンだよ。母さんは若いころ、この罠に掛かってしまったンだよ。罠を外して逃げよとしたンだが、どうしても外すことが出来なくてね。逃げようとすればするほど巻き付いた針金が後ろ脚に食い込でくるンだよ。
 
 そうこうしているうちに人間の足音が近づいてきてね、これが最後だ、これでダメならもう諦めようと思って、罠に掛かった方の脚を思いっきり引っ張ってみたンだ。そしたら骨が砕けるような嫌な音がして、急に体が自由になったンだけどね…。

その時は逃げるのに夢中で何ともなかったけど、巣穴に帰ってからが大変だったよ。脚の先が無くなっているンだから。死んだほうがましなくらい痛かったよ。でもどうすることもできなくてね、巣穴の中でじっと痛さに耐えるしかなかったよ」

 イノシシ母さんは片方の後ろ脚を出して見せました。僕はてっきり、はぐれ猪を追い払った時に痛めたのだろと思っていたのですが、そんな理由があったなんて……。

脚は爪の部分が無くなっていましたが、分厚い肉が爪のように傷口を覆っていました。
「しばらくすると痛みは収まったけどね、無くしてしまった足はもとには戻らない。あの時どうしてもっと用心しなかったのかって、後悔したよ。」
「分かったよ、母さん。通り道に木が落ちていたら、上から石を落として罠を壊せばいいだろう」
「おいら、今から上に行って石を落としてみるよ。ぶっつけ本番よりも、石を落とす練習しておいた方がいいから」
「うん、そうだ。みんなで練習しようよ」

「バッカじゃないの、あんたたち。そうじゃないでしょう、母さんの言っていることは。」
 女の子のウリ坊が、呆れた口調で言いました。しかし女の子って、どうしてみんな「バッカじゃないの」って言うのでしょうか。僕には男の子たちが、そんなにバカなことを言っているとは思えないのですが。

「いつもと何か違うなと思ったら、まず匂を嗅いでみるのよ。ねぇ母さんそうでしょう」
 女の子のウリ坊は呆れたような顔をしています。
「そうだよ、お前たちの鼻は筍や石を掘り起こすだけじゃなくって、罠に残されたわずかな匂いだって、嗅ぎ取ることができるのだよ。いつもと違うと思ったら、すぐに匂いを嗅ぐのだよ。鉄やビニールの臭いがしたら、近くに必ず罠がある。だから臭いのする方をよけて通るのだよ」
「うん分かった、いつも注意して。罠があったらよければいいンだね」

 なるほどそういうことか、僕もてっきり罠を見つけ次第に壊してしまうのだと思っていた。だってその方がかっこいいモン。
「バッカじゃないの」
 どこからか聞き覚えのある声がしたようで、僕は慌ててあたりを見回しましたが、誰もいません。きっと気のせいでしょう。

「ところでお前は一体誰なんだい。竹林の中からずっとついてきているけれども」
 キョロキョロとあたりを見回している僕に、イノシシ母さんが言いました。母さんは知らん顔していたけど、僕のことに気づいていたンだ。
「僕は保健所には、行きたくないンだ」
「そんな所には行かなくていいよ。しょうのない子だね、黙ってついてきて。仕方ない一緒に来るかい」
「うん、行く」
僕はイノシシ母さんの後についていきました