草むしり作「ヨモちゃんと僕」後8
(夏)逃げる⓶
ネズミの後始末には慣れているはずのお父さんですが、五日前のネズミはやはり気持ちが悪いのでしょう。棒の先でネズミを突いている後ろ姿は、どこか逃げ腰です。
「きっとこのあいだの夜よ」
騒ぎを聞きつけてやって来たお母さんが、笑いを必死にこらえながら言いました。
「あの日は確か、九時ごろヨモギがネズミを捕って来たでしょう。それをフサオにあげて、また外に出て行ったわ」
「うん。その後フサオも出て行って、朝まで帰って来なかったよ」
「次の朝、窓の下に一匹。それから庭の踏み石に置いた下駄の上にも一匹、置いてあったわ」
「そうだよ。下駄を履こうとして、危うく踏んづける所だった」
「それから軽トラの屋根の上に一匹」
「だったら一晩で四匹ってことになるのか。すごいじゃないか。でもそんなにいるのかい、この家にネズミが…」
お父さんが大げさに首を傾げたものだから、頭に乗っかっていた麦わら帽子が下に落ちてしまいました。地面の上は車を洗ったすぐ後なので、そこいら中に水溜りができています。
「しまった、時生に買った帽子をかぶったままだった」
お父さんは慌てて麦わら帽子を拾いあげると、つばに付いた水を手の平で軽く拭き取りました。それから他に汚れが無いか確かめて、車庫の柱の釘に掛けました。
「お前も一匹くらいは捕ったのかい」
車庫の前にいたぼくにお父さんが聞きました。
「うん、ぼくも捕ったよ」
「そうか、下駄の上に置いたのはお前だったのか」
「うん、そうだよ」
「お前もやっと一人前になったなぁ。また頼むよ」
「うん、任せて………」
任せてねって言いかけて、庭のようすがいつもと違っているのに気がつきました。軒下のプランターや物干し竿がありません。いつもは出しっぱなしにしてあるバケツやザルがどこにも見当たりません。玄関の郵便受けや、縁側の踏み石の上の下駄までもありません。
散らかし放しの庭が、今日はきちんと片付いているのです。物がきちんとしまわれていて気持ちがいいといえばいいのですが、いつもとは勝手が違って何だかよその家のようです。
「なんか変だな」
グルリと辺りを見回した時でした。突然パタンと大きな音がしました。
「わー」
ぼくは驚いて大きく跳ね上がり、そのまま無茶苦茶にそこいら中を走りまわり、ブロック塀の上に飛び乗りました。
「また来るからね」
ブロック塀の上でハアハア息をしているぼくの耳元で、あいつがささやき声が聞こえました。
「来るな」
ぼくは声を振り払おうと飛んだり跳ねたり、全速力で庭を駆けまわりました。でもそうすればするほど、声はどんどんと大きくなって、ぼくの頭の中いっぱいにガンガンと響き渡ります。
「ああもう、どこかに行ってしまえ」
頭を大きく振りまわし全速力で走り出した途端、バンと音がして目の前に星が輝きました。星の光があまりに眩しくて、ぼくは目を開けることができません。
」
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