草むしりしながら

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草むしり作「ヨモちゃんと僕」後7

2019-09-25 05:47:02 | 草むしり作「ヨモちゃんと僕」
草むしり作「ヨモちゃんと僕」後7

(夏)逃げる① 

 このところ毎日のように雨が降ります。南からの湿った暖かい気流が流れこんできたためだと、テレビの天気予報が伝えています。縁側のカーテンレールに吊るされた洗濯物はなかなか乾かず、日を追ごとに増える一方です。
 お父さんは雨による日照不足で、みかんの出来が悪くなるのではと心配しています。八月の日照時間は、十月から収穫の始まる露地みかんの甘さに大きく影響するのです。やっとハウスみかんの収穫が終わったばかりなのに、もう露地みかんの心配をしています。年がら年中、お父さんの頭の中はみかんのことでいっぱいなのです。

 でも今はみかんのことよりも、もっと心配なことがあるようです。南の海の上で発生した台風が、勢力を増しながら日本の近海に近づいてきています。このままいくと、三日後にはぼくの住む山間の町の真上を通過する見込みです。そしてその日はちょうど、トキオが東京からやってくる日に当たるのです。
 たぶんトキオの乗る飛行機は、運休することになると思います。それはそれで仕方のないことですが、問題は翌日の飛行機に乗ることができるかということなのです。その日はちょうど八月十二日の日曜日で、旧盆の帰省ラッシュの真っただ中なのです。たぶん旧盆の間は、飛行機の予約はいっぱいのはずです。運が悪ければ翌日の飛行機どころか、お盆の間は飛行機に乗れない可能性もあります。
 トキオを保育園にあずけながら、出版社に勤めるユミコの休暇は一週間です。その間に飛行機に乗れなければ、もう今年の夏の帰省は諦めるしかありません。果たしてトキオが翌日の飛行機に乗ることができるのかどうか。そのことが今のお父さんにとっては一番の心配ごとなのです。
 
 バタンと車のドアの閉まる音がして、お父さんが走りだしてきました。さっきホームセンターに行ったばかりなのに、もう帰ってきました。片手に捕虫網と虫かごを持って、小走りに走ってくるお父さんの頭の上には小さな麦わら帽子が乗っかっています。玄関の靴箱の横に捕虫網と虫かごを置くと、お父さんはそのまま走って行きました。よっぽど慌てているようで、頭には小さな麦わら帽子が乗っかったままです。

「あれ、お父さんどうしたの」
 お父さんの後を追ってぼくも外に出ていきました。
 納屋の中からガサガサと音を立てて、お父さんが出てきました。よっぽど気が急いているのか、ぼくのことなんか見向きもしません。丸く束ねられたホースを肩にかけて、庭先の水道のところに走って行きました。

「まったく、あんな所に………」
 ブツブツとなにか言いながら水道の蛇口にホースを取り付けました。ホースから勢いよく出てきた水を、軽トラの屋根めがけてかけ始めました。水しぶきが上がり、小さな虹が車の屋根の上にかかりました。麦わら帽子はお父さんの頭の上にちょこんと乗っかったままです。
「気持ちは嬉しいけどな」
 よく見ると屋根の上に黒い物がのっかっています。お父さんはそれに向かって水をかけています。けれども黒い物は屋根の上にこびりついているのか、ホースで水をかけたくらいでは落ちそうにはありません。

 お父さんは弱り切った顔をして、水を出しっ放しにしたままどこかに行ってしまいました。そしてすぐに棒切れを持って戻ってきました。そして棒の先に雑巾を巻き付けると、軽トラの荷台から屋根の上の黒い物を突き始めました。
 ぼくはあれが何なのかピンときました。ネズミの死骸に違いありません。この前の夜、ヨモちゃんが軽トラの上に持って行ったものです。確か「お父さんにあげる」って言っていました。でもあんな所に置いたものだから、お父さんは気がつかなかったのでしょう。お父さんはずっとあんな物を乗せたまま、軽トラを乗り回していたなんて。気の毒に……。

 そういえばヨモちゃんの姿が見えないと思ったら、そんな事だったのか。でもヨモちゃんのことだからきっとどこかに隠れて、お父さんのようすを伺っているはずです。しかしあれからもう五日も経っています。ミイラになってしまったネズミの死骸は、ホースで水をかけたくらいでは落としきれないのでしょう。

「まったく驚いたよ。カリカリを買い忘れたのを思い出して、引き返そうとしたンだ。その時ヒョイと車の屋根の上を見たら、なんか乗っかっているンだよ。よく見たらネズミの死骸だよ。何日も乗っかっていたようで、腐って半分干からびていたよ。まったく、気持ち悪い。慌てて帰って来たよ。おかげでカリカリ買い忘れてしまったよ。明日また買いに行かなくちゃ」



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