西向きのバルコニーから

私立カームラ博物館付属芸能芸術家研究所の日誌

北校舎 25

2006年02月11日 23時38分01秒 | 小説
「俺でも風邪ひいてへんのに、何でお前らが風邪ひかなあかんねん」
 これは受験シーズンを直前に控え、風邪による欠席者が増え、危うく学級閉鎖になりかけた時の浩人の台詞である。友達と話をするのも面白い。スポーツをするのも勉強をするのも、数学だって面白い。こんな面白い学校を休むなんて損だ。自分は今まで、何て勿体ないことをしてきたんだろう……。浩人は、そこまで思えるようになっていた。それに浩人は風邪もひいていない。病弱だったはずの浩人が、これだけ風邪が流行っているにも拘らず、何ともなかった。三学期、浩人は学校をほとんど休まなかった。休んだのは、私立高校の受験に失敗し、やけ酒に梅酒を飲み過ぎて、泣いて泣いて泣き明かし、目が腫れあがったその顔が余りにも醜く、格好悪かったので休んだ、ただその一日だけだった。
 固く閉ざされていた多くの扉が、すべて開いたような気分だった。だがしかし、気が付けば一年は短かった。せっかく開いたどの扉にも、深く入って行く時間がなかった。もっと勉強もしたかったし、友達ももっとたくさん作ってもっと遊びたかった。できれば恋もしたかった。そういったことにやや欲求不満を残しつつも、浩人はそれから間もなく、卒業の日を迎えることになった。

 講堂で行われた卒業式は、浩人にとって、余り感動的なものにはならなかった。半月ほど前から、毎日のように予行演習をやらされていると、本番の日にはもう気分は冷めてしまっていて、感動もへったくれもありはしない。それに一度受験に失敗し、まだ進路が決まっていない浩人としては、次に受ける入試のことで、頭がいっぱいだった。それでも一筋縄ではいかなかった卒業なのだから、感極まって泣いてしまうんじゃないかなとも思っていたが、やはり涙は出なかった。そんな型通りの卒業式よりも、その後の教室での数分間の方が、浩人には忘れることができない。

(続く)


『北校舎』は、次回で完結します。