日々の思い

日常の出来事、思いを書き続けて、自分を見つめて行きたいと思っています。

10月25日   御言葉をあなたへ

2018-10-25 09:06:37 | 日記


「しかしわたしが王になることを好まなかったあの敵どもを、ここにひっぱってきて、わたしの前で打ち殺せ。」ルカ19:27

 イエス様は私たちの王となるために来られました。しかし、主を受け入れる人はなく、十字架にかけたのです。神様はイエス様を墓からよみがえらせ、天に引き上げ、王となさいました。世の終わりのとき、この王の前で裁かれます。今日、あなたの王となっているのは誰でしょうか。「俺」、「私」という王様に仕えている限り滅ぼされます。真の王を迎え、崇め、その方に仕えようではありませんか。(KE)








            宇治田は原町

10月24日   御言葉をあなたへ

2018-10-24 09:21:13 | 日記


「あなたがたは、いのちの言葉を堅く持って、彼らの間で星のようにこの世に輝いている。」ピリピ2:15b

 イエス様の救は例外なくすべての人々に与えられるものです。神様はすべての人が救われることを願って、まず私たちを先に救へ導いたのです。それは救を知らない人々の中で、私たちが「いのちの言葉」を握って、輝き、キリストへの道しるべとなるためです。東の国の博士達は一つの星に導かれて救い主イエス様に出会うことが出来ました。いのちの言葉によって輝く星となるとき、救い主に出会う人がおられます。(KE)









        宇治植物公園

10月23日   御言葉をあなたへ

2018-10-23 08:44:33 | 日記


「ダビデは主に問うて言った、『ペリシテびとに向かって上るべきでしょうか。あなたは彼らをわたしの手に渡されるでしょうか』。」サムエル下5:19

 信仰の勇者ダビデの生涯に一貫した姿勢は「主に問う」ことです。彼は波乱万丈、幾多の戦いや困難をとおりましたが、自分を神様の前に置くことを努めました。これは私たちの信仰生活を実り豊かにする秘訣です。王となってまだ日も浅い時、敵が大軍で攻めてきました。戦いに勝利して民の賞賛を受ける絶好の機会ですが、民よりもまず「主に問う」事を選びました。あなたはいかがですか。(KE)










         宇治植物公園

10月22日   御言葉をあなたへ

2018-10-22 09:21:47 | 日記


「彼は主の良しと見られることをなし、その父ダビデの道を歩んで、右にも左にも曲らなかった。」歴代下34:2

旧約聖書の王様たちのなかで、ユダのヨシヤ王は神様の前に真っ直ぐに生きた稀なる人物です。彼は信仰に立って、国中から汚れた行い、習慣などをとり除き、神様の律法にしたがい、みこころを行いました。指導者である王の姿勢は国の人々にも影響を与え、「ヨシヤが世にある日の間は、彼らは先祖の神、主に従って離れなかった」とあります。家庭でも、国でも、持つべきは神様を恐れる指導者です。(KE)










           新潟縣妙高高原  燕温泉

1021日   御言葉をあなたへ

2018-10-21 08:49:53 | 日記


「苦しみにあったことは、わたしに良い事です。これによってわたしはあなたのおきてを学ぶことができました。」詩篇119:71

 人生を生きるにあたって、悲しみや苦しみはないほうがいいと願います。しかし、生きる限りのがれることはできません。では、試練・悩みは何のためでしょうか。いろんな説明が出来るでしょうが、聖書が語っているのは、神様と出会い、神様を知り、信じて、神様と共に在る平安と喜び、望みと力を体験するためです。苦難は決してマイナスではなく、私たちを真の命に結びつける大いなる恵みです。(KE)








              宇治田原町