ほんわか亭日記

ダンスとエッセイが好きな主婦のおしゃべり横町です♪

「父のいない正月」

2011-01-08 | エッセイ
2011年1月7日(金)

今年、ハハ宛に一枚だけ年賀状が届いた。
チチのハトコの男性で、多分80歳くらいの方。
ウィステは、ハハが2年半くらい入院していることを書いて返信した。
今日、ハハに見せたけれど、ハハにはもう誰だか分からないようだった・・。

2年前のお正月には、ハハを家に連れていったんだよねえ。
その時のエッセイです。

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「父のいない正月」

 お正月くらいは母を家でゆっくりさせてあげたいと、元旦の昼過ぎ、娘とともに病院へ
迎えに行き、車で父母の家の代わりに私の家に連れてきた。車から抱えて降ろそうとした時、
母は、突然口を開いた。
「そういえば、おじいちゃんはどうしたの……?」
 父は昨年の九月に亡くなった。だが、弟夫婦と相談し、高齢で病身の母には伏せてきたのだ。
何か感じるところがあるのか、母は九月以来、ぴたっと父の話をしなくなっていたので、
「おじいちゃん」と言ったのは、三ヶ月半ぶりのことだ。見慣れた家に着いたことで、父の不在に
気づいたのだろうか。私はひやりとしたが、弟たちとの約束どおり、
「おじいちゃん、入院しているんだよ」
と、答えると、母は、
「えっ、そんな話聞いてない」
と驚いた。私は、「前にも言ったよ」と、そこまでは本当のことなので言い返すと、
「そう。なんでも忘れちゃうねえ」
と、呟き、それ以上「どこが悪いの」とか「どこに入院しているの」さらには「お見舞いに行かなくちゃ」
などとは言い出さないでくれた。
 父の死を隠すとなると、母を自身の家に連れて行くわけにはいかない。その居間は父の四十九日の
忌明けを待って私が大掃除をしてしまった。溜まっていた郵便物の山や埃だらけの本、その他もはや不用
となった品々を処分し、さっぱりとして雰囲気が変わっている。仏間には父の位牌と写真が飾ってある。
なにより、ガスも止めたのでこの寒さに暖房も無く、母を家に上げるのはとうてい無理だ。そこで今回は、
母は私の家で過ごして貰うことにしたのだ。
 母を抱えて私の家の居間の椅子に座らせると、私が引き取った父の犬ポチを母の膝に乗せてあげた。
母はポチを嬉しそうに撫でていた。ポチがいるところが自分の家と思ってくれただろうか。二階から降りてきた
二男も加わって、
「病院ではお節料理出るの?」
「食べてない」
 という話から母に栗きんとんをお味見程度に食べさせてみたりするうちに、弟夫婦がその息子夫婦、
娘を連れてやって来た。ヨチヨチ歩きのひ孫に母が会うのは初めてで、互いに顔を見詰めて笑いあったり
している。そこに、東京にいる私の長男夫婦が子供たちを連れてやってきた。母を扇の要のような位置にして
車座になった総勢十四名と一匹で居間はきちきちだ。
「ひいおばあちゃん」
 と、四年生のえっちゃんが話しかけ、幼稚園児の雷ちゃんは父のコレクションだったミニカーを「ほら」と、
見せに来る。
「えっちゃん、雷ちゃん。大きくなったね」
 と、母も答えている。私は興奮したポチを抱き取って、母の側でみんなの話題を追っては母の耳元に
囁いたりしていた。
――ここに父と母から始まった一家がみんな集まっている。子、孫、ひ孫……。父だけがいない。
私もテレビの上の父の写真を仕舞っておいたし、誰も敢えて父の思い出を口にしない。若い人たちは
楽しそうにおしゃべりしているし……。
 寛いだ様子の母の傍で、楽しみながら、少しのぎこちなさを隠しながら、私も座に加わっていた。
人疲れが出たのか、やがて母は椅子に座ったままうとうとしだした。
 しばらくして目を覚ますと、母は時間が気になりだしたようで壁の時計を見上げた。そして、急に
気づいたように、
「この家も古くなったねえ」
 と、言い出した。周りの壁を見回しては、「古くなったねえ」と繰り返す。みなは笑うが、本当は、
母は薄っすらと気づいたのではないだろうか。ここは自分の家では無いと。その先で父がいないことを
不思議に思うだろうかと、
「そうねえ。ずいぶんたったものねえ」
 と、私は笑って受け流し、潮時と、
「じゃあ、そろそろ病院に帰ろうね」
 と、母の帰り仕度を始めた。
 私は娘と、母を再び車に乗せて病院へ送っていった。車椅子で五階の病室に入ると、
「お帰りなさい」と迎えてくれた看護師さんが、母をベッドに寝かせつけ、
「お家、良かった~? ご家族、皆さんいたの……?」 
 と母に笑いかけた。母は、
「ええ、みんないました」
 と答えた。
〈みんな……。父はまた母の心の底に穏やかに沈んだのだろう。私たちが願ったように〉
「そう、良かったね。お孫さん、何人いるんですか?」
 と、彼女が聞くと、母は、ちらっと娘のほうを見てから細い指を順々に折り曲げて、
「五人です」
 と、答えた。娘も母に頷き返した。母のゆっくりとした指の動きは、母の頭がゆっくりと、でも、
確かに働いている証のように見えた。

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今日のハハは、「故郷」を繰り返し歌っていた・・・。 
 
  

コメント
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