ほんわか亭日記

ダンスとエッセイが好きな主婦のおしゃべり横町です♪

「運転免許証」

2014-03-12 | エッセイ
2014年3月12日(水)

今日は、昨日のエッセイ、「運転免許証」を・・。(文中仮名)
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 庭の山茶花の花びらが道に落ちるのでさっと掃いていると、お向かいさんから、
「おはようございます」と、声が掛かり、すぐ、
「ねえ、聞いた?公民館の駐車場でアクセルとブレーキの踏み間違えの事故が起きたんで
すって」
と、ご近所情報が入る。テレビで言われている事故がこんな身近でも起きたのか……。
なんでも、公民館の部屋の利用申し込みに来た七十代の女性が、ブレーキのつもりでアク
セルを踏んでしまい、車が玄関脇の木にバックで突っ込んでしまったとか。
「車の後部がグシャっとなって、ガラスが飛び散ったけれど、人は轢いてなく、ご本人も
怪我はなかったよう」と居合わせた知人から聞いたそうで、
「それくらいなら、良かった」と、肯きあった。
 彼女も私も車を運転する。うちの住宅街は、駅からやや遠く、車は、かつては、夫や
子供たちを駅まで送り迎えにするのに重宝し、今でも、買い物に趣味の活動に足がわりだ。
ただし、運転出来なくなったら、今の生活のあれこれ、例えば、隣りの市のダンスサークルは
諦めなくてはならない。それだけに、高齢者の交通事故という話に敏感になる。
二人とも公民館に申し込みに行くこともあるので、
「運転、気をつけなくちゃね」と、言いつつも、
「私達、まだ六十代だし、大丈夫よね」と、年齢を頼みに心配を先延ばしにした。
 家に戻り、埼玉の娘に電話で、あやの七五三の写真の礼を言い、近況ついでに、その
事故の話をすると、ゆりは、
「お母さんも、運転、気をつけてね」と、言う。そこまでは、良い。ところが、ゆりは、
「八十になったら、危ないから、『免許、出しなさい!』って言って、私がお母さんの
免許証を警察署に返しに行かなくちゃね」
と、恐ろしいことをさらりと言い出したのだ。
ちょっと待った!いったい何をしようと言うの!
「八十なんて、若すぎるわ!」と娘に抗議した。買い物だって、スーパーから重い荷物を提げて、
上り坂を歩いて帰らなくてはならなくなる。雨の日だって、雪の日だってあるというのに……。
だが、娘は、
「そういう時こそ、生協の配達よ」と。
買い物は効率だけではない。目で品物を見て、売り場を回って良さそうなものを探して、
誰かに会ったりと、ストレス発散にもなるということが、若く忙しい娘には分からないのだろう。
それに、運転免許証は、身分証明書にも使える。私の「存在証明」のような物なのに、
簡単に取り上げるなどと言って良いものではないのだ……。
 抵抗の言葉を連ねるが、それらの言葉は、直に私に返って来る。私自身、六年前になるか、
父が八十七歳のときに、運転免許証を取り上げたのだ。
 父は、取り上げられることをとても嫌がった。
 施設に入所していた母のもとへ、運転して通いたかったのだ。
 だが、弟も私も、認知症が進んでいる父が人を巻き込む事故を起こしたらと危機感にかられていた。
現に、小さな衝突事故はちょこちょこ起こしていた。運転技能の衰えを自覚してくれず、自分から
返納を言い出す気配もなかったのだから、運転免許証を「もう更新出来ない」と言い繕って
取り上げたのは、正しかった筈だった。
その後は、私が父を車に乗せて買い物に、母のもとへと通い、不自由はさせなかったと思うことで、
父の羽をもいでしまったような後ろめたさを押し込めてきたのだ。
 今度は自分の番かと思うと、あの時の父の悲しみが感じとれる。
とはいえ、このまま引き下がる訳にはいかず、私は、
「おじいちゃんは、八十七歳だったじゃない。七歳も若いなんて納得できないわ」
 と、言い募っておいた。
 午後からはダンスレッスンに行く日だ。練習場には、先生も生徒たちも車で行っている。
車を運転出来なくなったら、このご縁も続けられないだろう。私が慎重にエンジンをかけると、
キーに付けた佐野厄除け大師の小さな赤いお守りが小刻みに揺れた。
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こういう経緯もあり、雪かきが大変なこともありで、マンションへの引越しとなったのだ
けれど、予定より遅れている・・・。
三月末には引越しと思っていたけれど、4月末かなあ。
ムスメたちの支援を仰いで、進めていかなくては・・・。
コメント
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