ほんわか亭日記

ダンスとエッセイが好きな主婦のおしゃべり横町です♪

「更地」

2016-03-09 | エッセイ
2016年3月9日(水)

今日は、昨日のエッセイの例会に出したエッセイを・・
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「更地」
 母が亡くなり、空き家となった母の家を売りに出して、二年。同じ時期に同じ不動産会社に頼んだ隣りの私の家は、
幸い、去年、買い手がついたが、母の家のほうは、下見客もぱらぱらという状態だそうで、売れない。ぐずぐずしている間に、
近隣の空き家は増えていき、売り手に不利になるばかりと、不安が心の底に居ついていた。販売状況報告書にも、
「駅からの距離が遠く、販売リストをお客様にお見せしても、残念ながら、距離で、最初にはじかれてしまいます」
 と書かれている。三十数年前に、この地に引っ越してきた。東京の勤め先までの一時間半を夫や父が通い、
駅まで歩くと十七分ほどの距離を朝、私が駅まで車で送って行った。それが、身の回りによくある光景だった。
暮らしのスタイルがすっかり変わってしまった今、若い共働きの夫婦は、朝晩、時間勝負という。
「中古住宅でも、駅から近い物件は売れるが、母の家は、時代に合わなくなったんだ、これ以上時間をかけても無駄だろう」
 と、弟と意見が纏まり、年明けに、不動産会社に下取りしてもらうことにした。
 一月中旬の木曜日、不動産会社のオフィスで、いつもの担当者と、売買のために持参した書類の確認や、
売買物件の現況に関しての確認チェックをした。家は、契約後、一週間くらいで取り壊し、更地にするのだそうだ。
父と母とポチの終の棲家だった家が、きれいさっぱり無くなるのだとの感慨を脇に除け、担当者に示されるまま、
何か所にも捺印し、契約は成った。これでもう、私も弟もあの家から切り離され、いつまでも固定資産税を
払い続けさせられる不安も、去年の夏のような雑草取りの依頼や、お茶出しや、支払いの手配といった雑用もなくなった。
 日曜日の朝、友人から電話があった。昨日の夕方、私の母の家の前を通ったら、
「もう更地にかかっていた」
 と、言う。不動産会社の物になって、わずか二日、あまりにも早い。
「もう、あそこに行ってはいけないよ。更地になったのを見ると、気持ちが落ち込むから。思い出は、そのまま、
心に持っていればいいから」
 と、友人は気遣いをしてくれるが、私は、そのとおりのような、でも、逆に、母の家が消えた跡をしっかり
見ておきたいような気持の間で、揺れた。それでも、明日あたり雪との予報を聞いても、もう雪かきの心配はいらないのだ。
すぐに、弟の家に電話し、義妹に更地のことを伝えると、大層残念がった。
「おじいちゃんとおばあちゃんの家を最後に見ておきたかったのに!契約の次の日から壊すなんて、早過ぎ!
そう言ってくれれば、行って来たのに!冷たいわ!」
 姪も最後の記念に写真を欲しがっていたそうだ。所有権が移ったのだから、不動産会社が悪い訳ではないと思いつつも、私も、
「そうよね、言ってくれてもいいわよね。あの担当者さん、一言、言葉が足りないわね」
 と、つい相槌を打ってしまった。
 翌日は、雪の予報が外れ、冬晴れ。ガソリンを入れた帰り、母の家の跡地の前を通っておこうとそちらに行くと、
なんと、母の家は、まだあった。回りに白い幕が張られ、駐車場にはトラックが二台止めてあったけれど……。
更地を見届けるつもりが、どういうことかと、私は、とにかく家の前の坂を上がり、公園の前で車を止め、
今見た光景を反芻した。元の私の家は、塀も新しく、駐車場には可愛い黄色い車が止まっていて、よその家という風貌に変っていた。
もう、元の家主がうろうろしている姿を見られるのも、気恥ずかしい。それは、いい。問題は、その隣りだ。
後日、友人に確かめると、
「更地にする準備をしている」
 という意味だったそうだが、その時は、私は、無くなった筈の家がまだある意外さに、固まってしまった。
それに、家は、なんだか無防備に道から丸見えだった。この違和感は何?と戸惑い、はっと気づいた。
家をとりまく木が見えなかった。垣根のヒバも庭の満天星も。そして、玄関脇の楓。両親がその紅葉を愛で、
私がせっせと道にはみ出した真っ赤な落ち葉を掃いたあの木も。着々と更地工事は進んでいるのだ。
完了まで、あと二、三日だろう。義妹に知らせなくては。急げば、彼女も母の家に最後のお別れが出来る。
私は、今来た道をそろそろと途中まで戻り、母の家の古びた黒い屋根瓦が、日の光を受けて白っぽく光っているのを見てから、
公園に沿って車を右折させた。この道を、毎朝、父はポチの散歩に歩いていたのだった。
街から消えていったそんな姿を追いながら、私は、私の終の棲家のマンションへと、道を下った。
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ガソリンスタンドの帰り、つい、ハハの家の前の道を通ってしまうけれど、
もう、本当の更地。駐車場のコンクリートも剥がされて何もない。
う~ん、・・・・。でも、気持ちが引かれて、ついつい寄ってしまう・・・。
長く住んだからねえ・・。
例会の評では、千葉から高知へ引っ越された先生も、
「気持ちが分かります」と、まあまあのお言葉・・・。
会員の中にも、「私も引っ越ししたから、思い出します」
と、言う方もいました。


コメント
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