YAMAKOME

気まぐれ山・旅日記

平泉文化史館

2014-07-26 22:24:16 | Weblog
平泉文化史館
H226.07.23 曇り
 中尊寺下の駐車場のそばに平泉文化史館がある。「前九年の役」、「後三年の役」等奥州藤原氏が栄華を誇った平泉文化100年を中心としてその前後の東北文化の歴史を、絵画や写真、模型により展示している。 が、昼前後というのに観客はオラ一人だった。無料につき是非ともご覧いただきたいものだ。毛越寺にも行きたかったが時間の都合で行けず、この次の楽しみとした(写真:平泉文化史館入口)
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中尊寺4(弁慶の墓)

2014-07-26 22:22:41 | Weblog
中尊寺4(弁慶の墓)
 武蔵坊弁慶は、義経の居城高舘を焼き討ちされるや、最後まで主君を守るが衣川で立ち往生する。遺骸をこの地に葬り五輪の塔が建てられたとされている。(写真:武蔵坊弁慶の墓。松の根元の右側に5つの墓石が置いていある)
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中尊寺3(金色堂)

2014-07-26 22:21:21 | Weblog
中尊寺3(金色堂)
H2.07.23 曇り
 平泉は2011年6月に世界遺産に登録された。中でも金色堂は有名だ。1124年に藤原清衡によって造られたものだ。阿弥陀如来をご本尊にしている。観音・勢至菩薩、地蔵菩薩等がご本尊を取り巻いている。螺鈿細工、蒔絵などの漆工芸や彫金に荘厳され、平安仏教美術の最高峰をなしている。衣川では金が取れたので、金、金箔をふんだんに使っている。極楽浄土を現世に表したものだとか。このお堂、お金に換算したら・・・・億円だろう?(写真:金色堂。覆堂の中に金色堂がある)
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中尊寺2(月見坂)

2014-07-25 20:45:48 | Weblog
中尊寺2(月見坂)
H26.07.23 曇り
 境内登り口の右側に案内所があった。人がついて案内する場合の料金は3000円以上する。録音での案内は機械を借りるのに1000円だ(機械を返却すると500円が戻ってくる仕組みだ)。録音のものを借りることにした(冊子の写真にタッチすると音が出る仕組み)。登りはじめはきつい坂が続く。夕べの酒がダラダラと流れ出るようだ。(写真:月見坂。境内ではここが一番きつい坂だ。樹齢400年の杉。900年以上も前には月が見えたんだろうな・・・)
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中尊寺1(入口)

2014-07-25 20:42:05 | Weblog
中尊寺1(入口)
H26.07.23 曇り
 昨夜は水沢の姉宅に世話になり、積もる話を夜中まで話した。田舎の人は「毎日、やることはいくらでもある・・・」と忙しい。そんな中、長居は迷惑と思い、世界遺産となった中尊寺へ。実は中学校時代に見学して以来見たことがなかったので、物心がついた目(?)で見たいと思っていたところであった。朝、9時前に着いたら、駐車場ががらがらで土産屋が開店準備をしているところだった。(写真:中尊寺境内入口。登りはじめがきつい坂だ)
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水沢公園4(高野長英)

2014-07-25 09:10:03 | Weblog
水沢公園4(高野長英)
H26.07.22 晴れ
 高野長英は水沢の吉小路生まれだ。吉小路は狭いエリアなのに偉人が生まれるところだ。幕末に生き、蘭学、漢学を学び近代日本の魁となる偉業を果たした。しかし、幕府の鎖国政策を批判したことにより、6年も伝馬町牢に投獄された。その後火災に乗じて逃亡生活が始まる。諸国の数多い門人、学者や藩主に守られながら逃亡生活をするも、江戸に戻った際に見つかり、襲われ自刃した。(46歳)(写真:高野長英記念館。この日は休館日であった。長英はシーボルトにも学んだ医者で江戸に開業した。後藤新平の53歳先輩(?)だ)
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水沢公園3(後藤新平)

2014-07-25 09:08:57 | Weblog
水沢公園3(後藤新平)
H26.07.22 晴れ
 大風呂敷の後藤新平と覚えていた。銅像は野球場のセンター後方に建っている。医業を目指して勉学に励み25歳で愛知病院の院長を務めた。その後、台湾総督府の民政長官、満州鉄道会社の総督などを経て、通信大臣、鉄道院総裁、内務・外務大臣を歴任した。その後東京市長となり、関東大震災の後の復興は、100年先を見越した建設計画を推し進めた。そういえば台湾総督府の前の道路は当時としてはとてつもなく広くしたのであるが、今では交通量が増し、狭いくらいだ。(写真:後藤新平の銅像。後藤新平は斎藤實よりも1歳年上で、同じ水沢の吉小路出身である。日本ボーイスカウトの初代総長をしている)

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水沢公園2(斎藤實:さいとうまこと)

2014-07-25 09:07:12 | Weblog
水沢公園2(斎藤實:さいとうまこと)
H26.07.22 晴れ
 水沢からは過去に偉人がよく出ている。まずは、斎藤實である。ご存知と思うが。彼は、海軍の道に進み、海軍次官、海軍大臣、朝鮮総督などを勤めた。さらに第30代内閣総理大臣として国家の柱石を担った。昭和11年2月26日、いわゆる2.26事件の勃発で、79歳の生涯を閉じたのである。(写真:斎藤斉藤實の銅像。水沢公園内の駒形神社の前にある。高校を出てからは公園に行ったことがないので、懐かしく散策)
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水沢公園1

2014-07-25 09:02:51 | Weblog
水沢公園1
H26.07.22 晴れ
 しばらくぶりに田舎に行ったので、ちょっと墓掃除をしようと思って、ほうき、チリ取り等準備してもらって出かけた。杉の枯葉、スギナ等が元気よく伸びている。お墓の前で生きている植物の命を奪っていいのか?と、訳の分からぬ自問をしながら掃除。や~や2時間もかかってしまった。それから全部のお墓をチェック。オラの知っている人がいつ何歳で亡くなったかをメモって歩いた。昔の顔を思い出しながら、結構懐かしく興味深いものだ。家に帰り、昼食、短い昼寝の後、水沢に。(写真:水沢公園。桜の名勝地でもある。向こうに見えるのは高野長英記念館。公園内にある野球場では、よく野球をやったものだ。練習の時には簡単に打球が外野フェンスを越えたのだが・・・。)
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三陸3

2014-07-24 12:20:56 | Weblog
三陸3
H26.07.21 晴れ
 防潮堤つくりには賛否両論があるようだ。部外者が口を出すところではない。が、縦横に走っている巨大なベルトコンベアーの光景を見て、何となく自然に対抗しているように見えた。今回の震災で自然の力の計り知れない偉大さを思い知らされたところだが、自然との上手な共存策はないものだろうか。それにしても被災者は未だに仮設住宅暮らしをしている方も多いようだが、3年以上も住むならもはや仮設住宅ではないだろうな。シッカリした公共住宅建設も急がれる感じがした。(写真:気仙川河口。ベルトコンベアー用のつり橋)
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三陸2

2014-07-24 12:14:57 | Weblog
三陸2
H26.07.21 晴れ
 大船渡から陸前高田に行った。広々とした平地に何やら異様な景観が目に入った。後で調べて分かったが、大型のベルトコンベアーだそうだ。今泉地区にある山で掘削・砕石等の土砂を、気仙川を越してベルトコンベアーで高田地区に運び、地盤沈下した分の盛り土をするのだそうだ(120mぐらいの山を40m位まで削るそうだ)ダンプカーで運ぶよりも安上がりなのだそうだが・・・。また高い防潮堤も造っており海岸の景色はどうなるのだろう?(写真:大型のベルトコンベアー。縦横に走っている。この辺もすべて家があったそうだ。街がそっくり無くなったという感じが伝わってくる)
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三陸1

2014-07-24 12:12:42 | Weblog
三陸1
H226.07.21 晴れ
同級生が三陸を案内してくれるというので便乗し行ってみた。水沢から北上山脈を越えて大船渡に出た。被害の跡があまり見受けられない。というのは、草が家の土台を隠しているのだ。線路跡が狭いバス専用道路に変わっていた。高台に家があったが新築ではないので多分紙一重の所で難を免れた家であろう。下の道路わきの建物は皆新しいものであった。工場等が大部分だが、民家もぽつぽつ建っていた。(写真:陸前高田の被災地。道の両側はすべて家があったところだ。草が生えているので被災の生々しい跡が見えないが・・・)
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胆沢ダム2

2014-07-24 12:09:28 | Weblog
胆沢ダム2
H26.07.21 晴れ
 同級会は話が尽きない。カラオケもなしで、話ばかりで3時間半が過ぎた。2次会も同じ調子だ。やっとの思いでカラオケに誘導。あまり遅い時間なので他の客から苦情が入りヤメ。3次会は個室で、4次会は自分の部屋で。結局寝たのは2時頃だ。朝、6時過ぎに起き、急ぎ朝風呂。しゃべり過ぎ、笑い過ぎ、寝不足だがスッキリしている。でもしばらくぶりで、バカ話をして大笑い出来たことに感謝だ。同級生は誰とでも気兼ねなく話せる!エエもんだなあ!(写真:胆沢ダム。巨大な胆沢ダムができたために風の流れ、気候が変わったようだとか。特に冬の胆沢平野は胆沢ダムのほうから風が吹いてくるのだが・・・)
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胆沢ダム1

2014-07-24 12:04:05 | Weblog
胆沢ダム1
 H26.07.21 晴れ
 20日に中学時代の同級会が田舎(岩手、ひめかゆ温泉)であった。同級会は、4地域が持ち回りで世話人となり毎年行われている。よくも長く続いているものだ。中学卒業時は150名であった24名は死亡者も含めて連絡が取れない。今回は45名の参加だった。一見若者風に見える者、かなりの年寄り風に見える者がいるが皆同じ年なのだ。来年は古希とか。来年まで持つかな?(写真:胆沢ダム。ひめかゆ温泉から上方に10分ほどで胆沢ダムだ。完成したばかりだ。以前の石渕ダムはこの中に水没している。石渕ダムの11倍の貯水量だそうだ)
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高校野球

2014-07-18 11:09:17 | Weblog
高校野球
H26.07.17 曇り
 高校野球たけなわである。岩手の我が母校の勝敗が気になる。まだ一度も甲子園に出たことがない。頑張ってほしい!オラ自身、情けない負け方をしたからなあ。家の近くの高校の応援で横須賀スタジアムに行った。最初はいい勝負だなあ、と思っていたが、オラの応援する高校は大敗してしまった。何となく本来の力を出し切らないうちに終わってしまったという感じだ。大事な試合に、普段の力を出し切ることのむずかしさを実感したことだろう。お疲れ様!来年に期待だ!(写真:横須賀スタジアム。横浜DeNAベイスターズの2軍のフランチャイズ球場)
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