次のマザーテレサの言葉を読んで、ドキッとしました。
「男女を問わず、自分のお金をいかに貯めるかで悩んでいる人々は、真の貧者です。
もし自分の手許にあるお金を他人に与えようとするなら、その時、その人は富者、真の意味で豊かな人となれるのです。」
わたしたちにはお金を用意しなければいけない人生の必要が数え切れないぐらいあります。
・自分の結婚資金・いざというときの医療費・子どもの学費・老後の必要・・・・・・・・
貯めてもためても、まだ足りない、不安だ、と思うほどです。
自立した一人の人として、少しずつ経済的に用意するのは、大切なことのはずです。
私も、お金は使うことより貯めることの方に心が向くタイプです。
でも、人間というのは弱いものです。「貯めているお金そのもの」に信頼をおいていると、そのお金が自分の未来を決定し、希望をかなえてくれるものと錯覚しはじめるのです。
マザーテレサはこうも書いています。
「私の恐れているものは、ただ一つ。お金です。お金への執着、金銭欲こそは、ユダをしてイエスを裏切らせる動機となったのです。」
金銭を神とするのは自分の中で神さまへの信頼が薄くなってきた時ではないでしょうか。そうなると将来おきてくるすべてのことを「今」把握しておかなければ案心できなくなるのです。そのためにはお金が一番だし、そのお金を
生み出すことが一番大事な仕事になり、合理的でない作業、人に愛を注ぐ時間さえもったいなくなってくる・・・やがて心がかさかさ、乾燥したひび割れ状態に陥ります。それが本当の貧しさ、呼ばれているのかもしれません。
マザーテレサは、イエス様からの呼び出しに応えて、街で産み捨てられた孤児たちを連れてきて育て、勉強を教えていきました。「何をするかと決める計画などはありませんでした。苦しんでいる人々が私たちを必要としている、と感じた時、それに対処したにすぎません。神さまは、いつも何をするべきかを教えてくださいました。」といっています。
神の御心に応えて生きていこうとするときに、将来の必要、なすべきこと、それらを神がにぎっていてくださるのです。その大きな安心感に包まれるとき、金銭への執着から解放されていくのです。
ヘブル人への手紙13章5節
「金銭を愛する生活をしてはいけません。主ご自身がこう言われるのです。
『わたしは決してあなたを離れず、またあなたを捨てない』」