毎週小説

一週間ペースで小説を進めて行きたいと思います

武蔵野物語 54

2008-12-20 18:24:47 | 武蔵野物語
ゆりこは12月から、国立営業所のサブマネージャーに昇進した。
八王子にいた水野所長代理が、新所長で赴任してきた。
「沢田さん、おめでとう、心機一転頑張って下さい」
「所長に引き立てて頂いたおかげです」
「僕はずっと、あなたの実力を信じていましたよ」
「沢田サブマネージャー、お久し振り」
「あら、田口さん!」
田口は、ゆりこにお祝いの挨拶をするといって、勝手に決めて来たらしい。
「僕も、国立に来たかったのに、一人だけとり残された気分ですよ」
「田口君それは違うよ、君はこれからの会社を背負っていく人材だから、八王子で僕の代わりに責任者になって貰いたいんだ」
「そうよ、営業成績だってトップクラスでしょう」
「ずっといい訳じゃない」
「成績よりも、沢田君が気になるのか」
「そうです」
「ちょっと、田口さんやめてよ、ここは職場よ」
「田口君は相変わらず正直だな」
「所長もからかわないで下さい、私、帰りますよ」
「いや悪かった、まあそう言わないで、三人で昼食に行こう、仕事の予定も話したいからな」
柔らかな陽だまりの並木道の下を、行きつけのレストランに向かった。
食事が一段落すると、所長は表情を変えて話だした。
「実はね、君達二人に、内密の調査をして貰う事になったんだ。営業でもうまくやっていたからね」
「調査って、何の?」
ゆりこはいきなりの話に戸惑ったが、田口は嬉しそうだった。
「上海に転勤している黒木君なんだけど、どうも信頼しきれないところがあってね、会社に無断で日本に戻ってきたり、滝沢前所長と会っている事も偶然だが判明した」
「まあ、なにか企んでいるのかしら」
「所長、やりますよ、正体を掴んでみせます」
田口は急に鼻息が荒くなってきた。
「田口さん、そう簡単にいかないわよ、営業をやりながら調べるなんて出来るの」
「僕に任せて」
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武蔵野物語 53

2008-12-07 20:15:52 | 武蔵野物語
府中駅から以前と同じようにコミュニティバスに乗り、美術館に近い停留所で降りた。
美術館の喫茶室に直行すると、誠二は既に待っていた。目が合った途端に、ゆりこは涙が出そうになるのをやっとの思いで堪えた。
「やあ、久し振り」
「本当に・・」
「仕事の方はいろいろあったらしいね」
「そうなの、半年足らずなのに、2,3年経った気がするわ」
「もう一段落したの?」
「まだ問題だらけなので、本当は辞めたくなってしまって」
「長い休暇を取って、海外旅行にでも行ってくればいいのに」
「そうしたいのだけれど、会社の役員が、サブマネージャーにするから仕事はずっと続けてくれって熱心なので」
「セクハラにもあったんでしょう」
「ええ、でもあの人は転勤になって、東京には戻れないらしいから」
「ゆりこさんなら、どこでも勤まりますよ、僕が紹介してもいい」
「ありがとう・・ところで誠二さんの方は、何か変化はあったの?」
「敦子はね、山梨に行ってしまったよ」
「山梨へ」
「あれの母親の実家が小淵沢にあって、財産分与で古い家と土地を持っていてね、そこで暮らしているよ」
「誠二さん、別れたの?」
「いや、まだ別居中なんだ、何を考えているんだか、いまは田舎で暮らしたいといって、しばらく会えませんが、あなたにも都合がいいでしょ、だって」
「干渉しないから、好きに行動して結構ですよって事ね」
「まあ、そうだね」
「病気はどうなの?」
「それが、この頃とても落ち着いていてね、病院の院長にも会ったんだけれど、まあ、完全に直る訳ではないけれど、今の状態では特に通院する必要もないので、また問題が出たら来てくれ、と体よく帰された感じだね」
二人は秋風を受けながら、けやき並木を歩き、日本庭園にある色とりどりの紅葉を眺めていると、これが一番自然で、穏やかな自分に戻っていると同時に思った。
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武蔵野物語 52

2008-10-11 17:53:14 | 武蔵野物語
ひじり坂の停留所、南側にゆるく長い上り坂が続いていくが、すぐ桜ヶ丘公園に着き、左側に縦長の公園が聖ヶ丘橋まで見渡せるベンチに腰掛けると、昨日降った雨を含んだ緑の風が、澄んだ陽光のもとに、五感を浄化させてくれる。
普通の休日、なにも考えず、ずっとここにいられる。
その先の図書館へ寄り道をして、読みたい本を一、二冊借り、また気に入った場所のベンチを探し読み続ける。
図書館には、道なり右にカーブして行くが、その辺りを左に下ると、緑地が多摩大学付近まで、途中幅が狭くなったりしながら、続いている。
その日は大学近くの小学校で運動会が行なわれていて、晴れ上がった秋本番を象徴していた。
多摩大学のすぐ裏側に、坂浜聖ヶ丘橋が高く横切って見える。
階段を上り橋に出ると、若葉台の整然とした街並みが眼下に見渡せ、振り返れば、広大な多摩ニュータウンが一望できる。
多分この辺りで一番標高が高い場所だろうが、眺めはとても良い。
ひじり坂から緑地伝いに多摩大学までの道のり、ゆりこは、其処こそ自身の故郷通りなのだ、と改めて再認識した。
会社の方は変化があり、ゆりこが山口常務の件を人事の親しい先輩に相談したところ、10月付で、常務は上海に転勤になってしまい、黒木と共に2,3年は戻ってこないらしい。
ゆりこは兼任の業務から、もとの国立営業所に戻され、田口は八王子営業所勤務で、コンビは解消された。
田口はゆりこと共に国立に行きたがったが受け入れられず、ふてくされて一週間の休暇を取っている。噂では海外旅行をしている様だ。
父は相変わらず一人で家にいる。戻ってくるように何度も言われているが、父に女性関係の進展がみられないので、戻ろうかな、とも考えている。
こうして以前の状態に近くなってくると、やはり誠二に会いたくなり、メールを送った。
府中の森公園でお会いできませんか、と打ってみた。
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武蔵野物語 51

2008-08-08 19:02:29 | 武蔵野物語
「あら、どうしたの、此処よく分かったわね」
「総務で聞いて、お見舞いにきました」
田口はそう言って、メロンをゆりこに差し出した。
「そんな、たいしたことないのよ」
ゆりこは仕方なく、田口を中に入れ、父に紹介した。
「恐れいります、丁度よかった、これから夕飯なのでぜひご一緒に、ゆりこ、ビールと肴用意して」
父はとても機嫌よさそうで、いつになく饒舌だった。
「娘もこの通りですから大変でしょうが、よろしくお願いします」
「お父さん、この通りって何よ」
「ゆりこさんは才能がありますよ、僕と違って」
「ほら、みなさい」
「仕事は分かりませんが、ちょっとわがままで、良い相手が来てくれるのか心配です」
「またその話なの、良太さん、父は飲むといつもこうだから、聞き流しておいてね」
「ゆりこさんは今のままで充分素敵です、僕は好きです」
「そうですか、そう言って頂けるなんて、今日はゆっくり飲みましょう、明日は休みですから、泊まっていって下さい、部屋は空いていますから、おい、ゆりこ、お客さん用の布団用意してな」
男達が勝手に盛り上がっている。まさか田口を泊める事になるとは。
その夜は何年振りかで盛り上がった。
父は先に酔いつぶれ、田口もすっかりでき上がって、ゆり子さん、一緒にやすみましょう、とくだまいているのを漸く寝かせた。

翌朝7時近くに起きると、散歩に行く、と父のメモが置いてあった。
田口を起こし、軽い朝食を済ませると、二人で表に出た。
マンションの4階を降り、停留所の方に歩き出すと、覆われた木々で建物はすぐに見えなくなった。
「この辺りの木も成長してますね、武蔵野と違う、やはり新しい環境の魅力ってところかな」
「私、ここも、武蔵野も同じ位好きですよ」
「僕もそうです、気が合いますね」
ゆりこは誠二と会った桜ヶ丘公園を避けていた。
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武蔵野物語 50

2008-08-05 04:30:27 | 武蔵野物語
「常務、やめて下さい」
と言ったつもりだが、うまく喋れない。
「君は細く見えるけど、違うんだね」
山口は、ゆりこを上から下まで眺め回し、それからゆっくりとブラウスのボタンを外しはじめた。
何かないかとゆりこは手をいっぱいに伸ばすと、灰皿にあたったので、おもいっきり山口めがけて投げつけた。
力が出ないので足元に落ちたが、驚いて後ずさりしたのを見て、ようやく起き上がり、上着や靴を持って廊下に飛び出すと、追ってはこなかった。
なんとか靴を履いてロビーに降り、タクシーを頼んで、父のいる聖が丘に帰っていった。

翌日は金曜日だったが、出勤する気になれず、父が作っておいてくれたモーニングを食べてぼんやりしていると、9時に田口から携帯へ掛かってきた。
「今日来れないんですか、打ち合わせがあったんですけど、具合が悪いのですか?」
「すいません、夏かぜみたいで」
「ゆりこさん、昨日本社に呼ばれたでしょう、何かあったのですか」
「いえ、暑さが続いたので夏バテ気味なだけですから」
「そうですか・・ゆりこさん、なんでも相談して下さい、僕はあなたの味方ですからね」
「有難うございます」
「いま一人で休んでいるのですか」
「はい、でも実家ですから」
「それは良かった、お大事に」
ゆりこは昨日の出来事を人事部に報告しようと考えていた。ただどこまで話そうか迷いがあり、久し振りに家の掃除や夕食の支度をしていても、まだ纏まらなかった。
父は早く帰ってきて、嬉しそうだった。
「戻ってくればいいんだよ、部屋代だって高いだろう」
「そういう問題じゃないの、それよりお父さんはいい話ないの」
「何もないよ、このままが一番で、変化は面倒なんだよ」
父の方も進展はなさそうだ。
夕食を始めようとした時、チャイムがなった。
ゆりこが玄関に出てみると、背の高い田口が立っていた。
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武蔵野物語 49

2008-08-01 21:00:37 | 武蔵野物語
お盆休みの後、黒木の中国長期出張が決まり、山口とゆりこの三人で、打ち合わせ兼送別会を新宿のホテルで行う事になった。
ゆりこは参加したくなかったが、予約も済んで、断れない状況がすでに出来ていた。
黒木に関する情報はその後何もなく、調べる術は今のところない。
食事はフランス料理のコースだったが、黒木は馴れた感じで食べていた。
どうも分かりにくい人物、というのがゆりこの観察結果だ。紳士なのだが、油断ならないところがある。そう見ていた。
山口は上機嫌で、食事の後、上のバーに二人を連れていった。
ゆりこは明日も仕事ですから、と一旦断ったが、任せておけ、と言って聞いてくれない。
食事中、山口はワインをかなり飲んでいたが、いまはブランデーを飲んでいる。噂通り相当強そうだ。
ゆりこは仕方なくカクテルをゆっくり飲んでいたが、サービスだと、山口が新しいカクテルを運ばせてきた。
「常務、私そんなに飲めませんわ」
「これは乾杯用だ、我々の門出に対してのな、飲みやすいから、さあ、もう一度乾杯しよう」
これを最後に帰ろうと決め、飲み口がいいのですぐに空けてしまった。
黒木は黙って水割りを飲んでいる。
ゆりこは簡単に酔う方ではないが、少し経つと体全体が痺れ、特に足が麻痺して感覚がなくなってきた。
きっと強いカクテルを飲まされたのだ、と気づいたがもう遅い。
一人では歩けないので、仕方なく二人に支えられ、休憩室に連れていかれた。
中に入ると、ベッドが二つある部屋で、いつの間にか黒木はいなくなっており、山口と二人きりになっていた。
休憩室ではなく、ホテルのツインルームだったのだ。
ゆりこは立ち上がろうとしたが、力が入らない。
「上着を脱いだ方が楽になるよ」
山口はあたりまえの顔をして、ゆりこの上着を脱がせ、薄いブラウス姿の彼女をベッドに寝かせた。
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武蔵野物語 48

2008-07-30 04:40:02 | 武蔵野物語
緩やかな坂を上っていくと、すぐ右側に、いちばん目立つ美しい建物が目にはいってくる。
入り口に正装の受付が立っているので、ゆりこが調べてみると、結婚式場だった。
「綺麗な建物ですね、僕もこういう所がいいな」
田口も感激しているようだ。
「良太さん、早くいい相手をみつけなさい」
「すぐ近くにいるんだけどな」
「何を言ってるの」
「僕はあなたがいいんです」
「そんな簡単に言うものじゃないわ、まだ知り合って間もないのに」
「関係ありませんよ、私はあなたがとっても気にいったんです」
「単純なのね」
「性格ですから、でもあなたのことは分かってきたつもりです」
[みなみの]の丘に建つ住宅は、庭を広めにとった贅沢な作りも多く、大学の為に出来た町、という説明書きより、高級住宅街の雰囲気が漂っている。
隣りにいる金持ちの御曹司と一緒になれば、此処に住むのも夢ではない。
ゆりこは一瞬その思いを巡らしたが、田口は無論なにも感じていない様で、通りを一歩入った住宅街の中にある目立たないレストランを見つけると、休憩しましょうと言って、先に入っていった。
「こういう普通の家がお店っていいなあ、僕も将来趣味の商売をやってみたいですよ」
「良太さんの趣味って何?」
「意外と渋くて、古い物が好きなんですよ」
「骨董なの」
「特に拘らないんですけど、昔の小物、雑貨、陶磁器、何でも好きです」
「古い場所は、どうなの」
「好きですよ、今住んでいる武蔵境は気に入っています」
「武蔵野のひとね」
ゆりこは、誠二の面影を追い求めた。
しかしすぐに、仕事の話に切り替えていった。
「新しい町にあったキャンペーンをしていく、といっても漠然としていて」
「それを我々で創り上げていくんですよ」
「でも、出来るかしら」
「あなたのイメージでここから発信して行くのです」
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武蔵野物語 47

2008-07-26 11:06:00 | 武蔵野物語
「こんど新しい役員さんが来られましたね」
「黒木君なんだけど、彼を入れたのも僕なんだよ」
ゆりこは漸く今日の目的に近づいてきた。
「誰も知らない方なんですけど」
「そう、不動産業は長くやっていて、うちの会社もテナントビルを探していた時、僕は何回かあっているんだ」
「国立の、前の所長も知り合いだったのではないですか?」
「よく知っているね、滝沢所長が急に辞めたので、身辺調査をした時、黒木君の名前も出てきたけど、会社には関わりがない事が分かったんだ」
山口は黒木を信用しているようだ。
会場に戻ってみると、その黒木は新役員たちの輪の中で、大人しそうにしている。
「黒木君、ちよっと」
山口は手招きで呼んだ。
「紹介しておこう、沢田君だ、君は暫く中国へ行ったきりになるが、僕がいない時は、代理を彼女にやって貰う予定だからな、我々三人が最初の中国貿易担当になる」
それを聞いた黒木が慌てた様子で近寄ってきた。
「黒木です、この度山口常務にお世話になる事になりました、宜しくお願いします」
ゆりこはどう答えてよいか分からず、会釈しかできなかった。
「常務、私に代理なんて無理ですよ」
黒木が離れた後、思わず愚痴がでてしまった。
「最初は電話の取次ぎでもやってくれればいいんだよ、本格的に動き出すのは来年だから」
ゆりこはよっぽど断ろうかと思ったが、黒木との接点が多くなりそうなので、様子を見る事にした。

新規開拓は大変だが、地区別に力を入れようと意見が一致して、田口とゆりこはJR横浜線に乗り、みなみのを訪れた。
熟成した多摩に比べ、駅が出来てからまだ10年ちょっとの正にニュータウンである。
駅前からなだらかな上り坂が西側に続き、歩きやすい。住宅街の中に、小さくて洒落たカフェやレストランがある郊外の町は、ドラマの一場面を作れる様な新しい魅力がある。
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武蔵野物語 46

2008-07-18 04:34:42 | 武蔵野物語
「あなたの仕事ぶりは高く評価していましたよ、相変わらず綺麗だね」
山口はアルコールが回ってきたらしく、饒舌になってきた。
「有難うございます、あの、私の本社勤務の予定があったとの事ですが、具体的な内容をお聞きしてもよろしいでしょうか」
「それは色々やって貰うつもりだったけど、その件もあってね」
手招きをすると、隅のテーブルにゆりこを連れて行った。
「君の現在は暫定的で、八王子は、代わりのひとが見つかったら僕の所へきてほしいと考えて、営業所も掛け持ちにしておいたんだ」
「でも私、いまの仕事が気に入っているのですけど」
「僕と一緒じゃ嫌なのかい」
「そうではなくて、私が新人の頃、当時は山口営業部長でしたけれど、よく飲みにいかないかって誘われましたよね、部長は夜の帝王だから気をつけなさいって先輩達に聞いていたので、避けていたんです」
「ははは、君のそういうところが好きだな、いつも本音を喋ってくれる」
「すいません、よけいな話をしまして」
「気にしなくていいよ、それよりまだ1時間以上あるから、上のバーで打ち合わせをしよう、お開きの前に戻るから、それなら安心だろう」
そう言うと先に出ていってしまったので、ゆりこは人目を避けて、後から追いかけていった。
「手伝って貰うのは、半年か1年先でもいいんだよ」
カウンターで山口は、ヘネシー飲みながら話出した。
「それならいいんですけど、いまのスタッフとはとても合っていますから」
「君と一緒に田口君も行っているだろう」
「はい、面白い方ですね」
「彼の父とは長いつき合いでね、悪い奴じゃないから、面倒見てやってよ」
「私が、ですか?」
「まだ子供でね、一本調子だから」
「営業成績は優秀ですよ、将来有望じゃないですか」
「そんなに仕事できたかなあ」
「とても仕事熱心ですよ」
「君に熱心なんじゃないの?」
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武蔵野物語 45

2008-07-15 04:41:00 | 武蔵野物語
「あの方ね、確か年齢は62才で、輸入業の他に不動産の仕事もしていたと履歴書にあったわ」
ゆりこはビンゴ!と叫びそうになった。
「よく覚えているわね、さすがは総務ね」
「まったくの部外者だから興味を持ったのよ、ここにしては珍しいでしょう」
同族色のつよい会社で、よそから人を招く事は殆どない。
「その黒木さん、住まいは武蔵小金井じゃなかった?」
「そうだったかもしれないけど、知り合いなの?」
「直接ではないけど、見かけたもので」
どうやら間違いないらしい。
ゆりこは誠二を頼りたくなかったので、自分で接触の機会を探すつもりだ。

新体制になった会社幹部の懇親会が、夏休みも近づいた7月中旬、都内のホテルで開かれ、八王子からは、水野所長代理とゆりこの二人が呼ばれた。
会場には各営業所の所長と管理職が集まり、その前で役員の紹介がされたが、末席に、ゆりこの知っている黒木が静かに立っていた。
一通りの挨拶が済むと、ゆりこ達のところへ、山口常務がやってきた。
「水野君、好調じゃないか、現在営業所全体で2位だからね、予想以上だよ」
「お蔭さまで、全員で頑張っています、沢田さんの援護に感謝しています」
「君からのたっての願い、というので行って貰ったんだが、それまでは本社に戻すつもりだったんだよ」
ゆりこは本社勤務時代、販売促進の企画を担当したことがあり、当時営業部長を兼任していた山口は、上司として接する機会が多く、秘書的な仕事も手伝わされていた。
「本当はね、僕の仕事を助けて貰おうと思っていたんだ」
「私がですか?」
ゆりこはちょっと意外だった。
「そう、以前一緒に仕事をやっていたじゃないか」
「まあ、そうですけど」
「沢田君はね、見かけは古風な日本的美人の面影があるけど、仕事は男勝りだからね」
「そうでしたかしら」
ゆりこは実感がなかった。
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