毎週小説

一週間ペースで小説を進めて行きたいと思います

東京の人 59 

2010-06-11 19:46:38 | 残雪
休日の朝からで悪いけど、これからすぐに訪ねていいですか、と言ってきた。
よほど急ぎの話があるらしく、船橋屋のみつ豆をお土産にやってきた。
かおりは、さっそくそれを開けて味見をしたが、甘すぎず、美味しかった。
「すいません、お休みのところ」
「とんでもない、このみつ豆、美味しいわ」
「創業は江戸時代らしいから、歴史の味ね」
寺井は、二人きりの方が話しやすいだろうと席を立とうとしたが、京子は一緒に聞いてくれと言うので座りなおした。
「私の母は10年前に病気で亡くなっているの、父は長岡でカラオケ店をやっていたのだけれど、私が高校を卒業した年に亡くなって・・お酒の飲みすぎなんだけれど、その後東京に出てきたの」
「そう、大変だったのね、京子さん、兄弟はいるの?」
「2才年下の弟がいるわ」
「長岡に一人で?」
「叔母と一緒に暮らしているわ、私と違っておとなしいから、母が亡くなってからはずっと可愛がられているの」
「あなたも、長岡の方が暮らしやすかったのじゃないの」
「実はね、その事で相談かな、聞いてくれるだけでも、と思って」
京子の話をまとめてみると、大体次の内容だった。

父の葬儀の後、すぐに遺産の話がでてきた。カラオケ店は駅から割と近く、土地の一部を持っていたので、それを売却して分けてくれないか、と親戚が頼んできたのだ。
叔母は時々店を手伝っており、弟の面倒もみてきたから当然、みたいな顔をしている。
他の人々も、いろいろな理由をつけては毎日やってくる。
京子は感情的になり、黙ってついてくる弟を言い含めて、小さな家とカラオケ店を売ってしまい、弟の分も自分で管理する事にして、東京に逃げてきたのだ。

「もう長岡には何も残っていないのですか」
寺井は若い娘の行動に、ただ驚くだけだった。
「ええ、全部処分しました、お蔭で大騒ぎになって」