私が生まれたのは市内、千秋矢留町、2軒続きの県の宿舎だった。家から100メートル先に市役所と県庁があり、長屋のはずれに小さなラーメン屋さんがあって母は其処で働いていた。
小学校3・4年の頃、市役所が炎上、県庁にも火が及び、それを機会に市役所、県庁とも山王に移ることになった。それに共いラーメン屋も山王に移転した。経営者は子供の居ない老夫婦だった。
山王に移ってから跡取りを向え、経営者のおじいさんもあばあさんも亡くなったがラーメン屋は繁盛していると聞いていた。
昨夜の偲ぶ会、*(車)*を何処に停めていいのか判らないので天婦羅屋についてから駐車場に案内してもらった。店の駐車場は満車なので他所のお店の駐車場に*(車)*を停めてくれと言う。天婦羅屋から数件先の角のお店の駐車場、ばっちり駐車してお店の看板を見ると其処には「大江戸」と書かれていた。
母が働いていた店、あのおじいさんとおばあさんがやっていた店だった。天婦羅屋には年に一度は来るもの、側にどんな店があるかなんて気にしたこともなかった。
友達にそのことを話しながらふっと、生まれ育った町並みを思い出していた。
「あそこの*(ラーメン)*、食べてて飽きがこないのよね~」
と天婦羅屋の友達。いつか機会があったら食べに行きたいと思った。小さいとき食べた味は忘れちゃったけど*(ニヤ)*
小学校3・4年の頃、市役所が炎上、県庁にも火が及び、それを機会に市役所、県庁とも山王に移ることになった。それに共いラーメン屋も山王に移転した。経営者は子供の居ない老夫婦だった。
山王に移ってから跡取りを向え、経営者のおじいさんもあばあさんも亡くなったがラーメン屋は繁盛していると聞いていた。
昨夜の偲ぶ会、*(車)*を何処に停めていいのか判らないので天婦羅屋についてから駐車場に案内してもらった。店の駐車場は満車なので他所のお店の駐車場に*(車)*を停めてくれと言う。天婦羅屋から数件先の角のお店の駐車場、ばっちり駐車してお店の看板を見ると其処には「大江戸」と書かれていた。
母が働いていた店、あのおじいさんとおばあさんがやっていた店だった。天婦羅屋には年に一度は来るもの、側にどんな店があるかなんて気にしたこともなかった。
友達にそのことを話しながらふっと、生まれ育った町並みを思い出していた。
「あそこの*(ラーメン)*、食べてて飽きがこないのよね~」
と天婦羅屋の友達。いつか機会があったら食べに行きたいと思った。小さいとき食べた味は忘れちゃったけど*(ニヤ)*