今日から旅のお供が増えた。
帰郷した群馬の主人の甥っ子に姪と二人でおねだり、姪は女の子バージョン(頭に赤いリボンがついている)、我が家は男の子バージョン(緑の帽子を被っている)を貰った。
夕べ、姪から道の駅の撮影を頼まれ今朝は天王から撮影開始、全体の横バージョンの画像が欲しかったらしい。そうなると、どうしても撮影時間が朝になるのやり直しになる。パンフレットでもなんにでも使ってもらえれれば嬉しい。今日は雲も多かったし、朝の状況を見て早起きすれば何とか撮影できそう。
道の駅
道の駅を出てから7号線を南下、気になっていた場所3か所を回ってきた。1か所目は7号線沿いにある「鐘」 正式名称は「夕日の見える日露友好公園」だった。昭和7年12月1日、ロシアの漁船が漂着、乗組員4名のうち3名が3日間、地元民から手厚く接待され帰国、切れた帆に包まれていた16歳の少年の亡骸は地元に葬られた。以後もロシアとの交流は続き公園が整備されている。いつも通るたびに何の鐘だろうと気になっていし、沈む夕日と鐘のコラボも写せたらと。。。
帰郷した群馬の主人の甥っ子に姪と二人でおねだり、姪は女の子バージョン(頭に赤いリボンがついている)、我が家は男の子バージョン(緑の帽子を被っている)を貰った。
夕べ、姪から道の駅の撮影を頼まれ今朝は天王から撮影開始、全体の横バージョンの画像が欲しかったらしい。そうなると、どうしても撮影時間が朝になるのやり直しになる。パンフレットでもなんにでも使ってもらえれれば嬉しい。今日は雲も多かったし、朝の状況を見て早起きすれば何とか撮影できそう。
道の駅
道の駅を出てから7号線を南下、気になっていた場所3か所を回ってきた。1か所目は7号線沿いにある「鐘」 正式名称は「夕日の見える日露友好公園」だった。昭和7年12月1日、ロシアの漁船が漂着、乗組員4名のうち3名が3日間、地元民から手厚く接待され帰国、切れた帆に包まれていた16歳の少年の亡骸は地元に葬られた。以後もロシアとの交流は続き公園が整備されている。いつも通るたびに何の鐘だろうと気になっていし、沈む夕日と鐘のコラボも写せたらと。。。