♪結婚10年目 ふたりぐらし♪にもう一人☆

同い年の夫と結婚10年目。2回の初期流産後、不育症治療開始。オルガラン注射を打ちながら4度目の妊娠中。

ありがとうございました

2012年07月13日 | 日々あれこれ

皆様、温かいコメントを本当にありがとうございます。

 

2008年11月から、日々の出来事、不妊治療、2度の流産、

そして、不育症治療をしながらの4度目の妊娠について、投稿してきましたが、

ここで一度、このブログは終了とさせていただきます。

 

私達夫婦にとって、大切な記録ではありますが、

かけがえのない娘との思い出が詰まったこのブログを開くことが、

今は辛くなってしまいました。

いつかまた、懐かしく開くことが出来る日まで。

 

これまで、私のブログをご覧頂き、数々の温かい応援をくださっていた皆様、

本当に本当にありがとうございました。

 

今後は、こちらで気力と体力の許す範囲で、また思いを留めていきたいと思います。

ぽこ・あ・ぽこ

 

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一週間がたちました

2012年07月11日 | 日々あれこれ

前回に続きまして、

私のこのブログをご覧頂いている方は、私と同じような経験をされ、妊娠を希望、また妊娠中の方が

大事な時期にいらっしゃる方、どうぞ、スルーしていただきますよう、お願いいたします。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ぽっことお別れしてから、一週間が経ちました。

なかなか来ない陣痛を待つ時間に、助産師さんにいっぱい話を聞いてもらい、泣かせてもらい、

少しずつ、気持ちをぽっこの出産に持っていき、

ぽっこがこの世に出てきてくれて、初対面して、(お別れの瞬間は、心が裂けるほど、苦しかったけれど)

お別れをちゃんとして、

私はぽっこのお母さんになったんだ、

ぽっこの姿はないけれど、ぽっこは確かにいたんだ、という思いに、少しずつ心をほぐされて。

 

夫と、

「ぽっこの泣き声を聴きたかったし、笑う顔を見たかった。

でも、ぽっこは赤ちゃんだから、そんな大層なことではなく、私達が笑っていたら、

きっと嬉しくなるんだよね。

私達が泣いてばかりいたら、お腹に宿らないほうが良かったのかな、と

悲しくなっちゃうよね。

だから、ぽっこのためにも、元気を出して頑張って生きよう」と話しました。

 

夫が久しぶりに出勤した月曜日。

とても良い天気だったので、ぽっこに話しかけながら、洗濯をたくさんしたり、

日々の過ごし方を見直して、”やることリスト”を作ったりして、気持ちをあげて過ごしてみましたが、

やはり、ふとした瞬間に、やりきれない寂しさに襲われ、泣いてしまう。

 

昨日は、退院後の経過を見るため、産婦人科へ。

夫の上司の計らいで、休みを取らせてもらい、一緒に診察へ行った後、2人で過ごしました。

妊婦さんに会わないよう、朝一で。

久々の外出で、自分の体がとても身軽になっていたことに驚き、

そして、今まで、あんなに輝いて見えた道中見かける花々。確かに綺麗だけど、輝きは感じられない。

ぽっこがお腹にいる時、目にうつる全てのものがキラキラしていて、

そんな魔法がきれてしまったみたいです。

 

夫と一緒にいる時間は、たとえば、食事の前に

「はい、ぽっこ、今日は〇〇だよ。いただきます」と、

まるで3人で食事を始めるかのようにすることにも慣れてきて、

今までとはまた違う形だけれど、家族の時間のように、柔らかく温かい時間を過ごせるようにもなりました。

でも、一人になると、やはり、すぐに折れそうになります。

 

今日は、(妊婦であることをいいことに)まだ片付けきれていなかった冬物の残りを片付けながら、

ぽっこがお腹にやってきて、不安とたたかいながら過ごした日々を思い出し、また涙。

花粉症やインフルエンザ対策でマスクをし、もこもこのダウンコートに身を隠し、

なるべく知り合いに会わないよう、通院以外は自宅でひきこもり、こそこそ過ごした冬。

暖かくなり、コートを脱ぐ頃には、お腹が少し膨らんできて、

ちょっと照れくさいながら、そんなお腹が愛しくて、つい触りながら、外出がちょっぴり楽しくなってきた春。

誰が見ても、明らかに妊婦とわかるくらいに、お腹も大きくなり、

夫と、今度こそ、赤ちゃんに会える、とようやく自信もついてきて、

汗かきながら、赤ちゃんグッズ作りに夢中になって、夫と名前を真剣に考えて、

出産準備用品を調べて、ぽっこに話しかけるのも日常化してきた夏。

 

不安に押しつぶされそうになって、ネットを検索しまくり、

思い出が慰めになる、という言葉を見ましたが、

今は、ぽっこと過ごした輝いた日々を思い出してしまうと、たまらない寂しさに襲われてしまいます。

 

ぽっこのおかげで、人の優しさに沢山触れて、

自分達がいかにいろんな人に支えられて生かされているかをあらためて知ることができました。

ぽっこのおかげで、夫の大切さをあらためて知り、

私を大切にしてくれる夫を、私も大切に大切にしよう、と思いました。

あんなに小さな体で、沢山の幸せを運んでくれて、沢山のことを教えてくれたぽっこ。

 

私をぽっこのお母さんにしてくれて、ありがとう。

短い時間だけど、お腹にいてくれて、ありがとう。

ぽっこがやってきてくれたことに、本当に感謝なので、悲しい、とは言わないようにしたいけど、

でも、

寂しいです。

あなたの存在が大きすぎて、あなたと過ごすはずであった未来を思うと、寂しくてたまらない。

きっと、空から私達を見てくれている、と、頑張って気持ちを持ち直しても、

すぐにめげてしまいます。

ぽっことの思い出が慰めに変わるまでには、まだまだ時間がかかりそうです。


ご報告

2012年07月08日 | 日々あれこれ

前回の更新から、かなりの時間が経ってしまいました。

私のこのブログをご覧頂いている方は、私と同じような経験をされ、妊娠を希望、また妊娠中の方が

多くいらっしゃるため、ここに書くことを躊躇いましたが、

いつまでもこのままにするわけにもいかないので、ご報告させていただきます。

 

大事な時期にいらっしゃる方、どうぞ、スルーしていただきますよう、お願いいたします。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

このたび、私達夫婦にやってきてくれた赤ちゃんが、お空へ旅立ちました。

とてもとても可愛い女の子でした。

6月23日の検診で、夫と共に、赤ちゃんの元気な様子をエコーで見せてもらった矢先。

6月27日水曜日、朝は、150前後の元気な心音を確認していたのですが、

胎動が少なく、静かだなと思って、夜の心音チェックをすると、見つからない・・・。

すぐさま、産婦人科を受診しました。

映されたエコー画像は、私が見ても、心臓が動いていないことが一目でわかるものでした。

そのまま、入院。

陣痛促進剤がなかなか効かず、促進剤投与から3日目夜に破水、4日目の、

7月2日14時25分、想像以上の陣痛の痛みを味わった後、

一度いきんだ後、赤ちゃんがつるん、と出てきてくれました。

680g、31.5cm。もう、しっかり赤ちゃんの体でした。

 

へその緒が胎盤から切れてしまったため、その後の胎盤を取り出す処置が陣痛に匹敵するくらいの激痛。

綺麗にしてもらった赤ちゃんを抱かせてもらっているところを、夫が知らないうちに撮ってくれていましたが、

あの闘いの直後なのに、

私、

赤ちゃんを微笑みながら見つめていました。

自分で言うのも妙ですが、しっかり、母親の表情になっていました。

 

火葬にはどうしても立会いたかったため、多量出血(1179cc)でしたが、

貧血の程度もさほど悪くないので、出産翌日昼前に退院し、火葬場へ。

 

小さな小さな真っ白い棺が扉の奥へ吸い込まれていくのは、

言葉では表しきれない程、苦しく辛かったですが、

26週の赤ちゃんで、こんなにお骨が綺麗に残るのは珍しい

(ほとんど灰になってしまうことも多いそう)と、

火葬場の方も目を潤ませながら、赤ちゃんのカラダのどの部分の骨かを、説明してくれました。

 

6月22日に産婦人科の妊婦検診で「順調。次回から2週間に一度の検診です」と言われ、

何だか、昇進したような気分になり、

翌日23日に、夫とふじたクリニックで一緒に赤ちゃんのエコーを見て、だいすけ先生からもお墨付きをもらい、

ピジョンのプレママクラスで、夫とおむつ替え、沐浴などの念願の育児体験をし、

思えば、私達夫婦にとって、最高に幸せな時間でした。

 

なかなか妊娠しない上、不妊治療の末、ようやく妊娠しても流産を繰り返し、

赤ちゃんを家族に迎えるという現実を前に、いつも臆病になっていた私達が、

結婚10年目、今度こそ、新しい家族を迎えられるんだ、と妊娠7ヶ月も半ばに入りかけて、

ようやく実感出来てきた頃の突然の出来事でした。

 

心臓停止の事実を知り、「嘘だ!嘘だ!嫌だー!!ぽっこー!!(と呼んでいました)」と一目も憚らず号泣する私が

「もっと早く私が気付いていれば」とつぶやくと、

産婦人科の医師は

「それは違う。

今回は、おそらくへその緒が絡まったか、赤ちゃんと子宮壁の間にへその緒を挟んでつぶしてしまったか、

といったことくらいしか考えられず、こういうケースは、お母さんが悪いわけでは決してなく、

たとえもう少し早く気付いて、赤ちゃんの心臓がまだ止まる前だとしても、

今の医学をもってしても、外側からは、どうすることも出来ない」と。

医師は、私が泣き叫ぶ間、その場から離れず、ずっと診察室にいてくれました。

血流も良好だし、赤ちゃんも順調に育っていたので、今後のためにも、胎盤を検査に出しましたが、

原因がわからないことの方が多いようです。

 

今回のようなケースは、どの妊婦さんにも同じ確率で起こりうるケースのようですが、

何も、これまで散々悲しい思いをして、妊娠・出産にただでさえ臆病になっている私達に起こらなくてもいいのに。

乗り越えられない試練はない、とか、乗り越えられる人にしか試練は来ない、とか言いますが、

こんなに続けて、私達に試練を与えなくてもいいのに。

 

夜中に入院し、翌朝から、子宮口を広げる処置を始めました。

ずっと泣いてばかりの私を助産師さん達が心配してくださり、沢山話を聞いてくれました。

沢山泣いて、沢山、悲しい気持ちを吐き出して、私の気持ちが整理されるのを待ってくれたのか、

陣痛促進剤を投与してから4日目に生まれてきました。

 

ぽっこの声を聴きたかった。

寝返りを打ったり、お座りしたり、つかまり立ちしたり、といった成長の過程を見たかった。

あの小さなお口で、おっぱいを飲んでもらいたかった。

でも、5ヶ月間、私のお腹にいたぽっこと対面出来たことは、本当に嬉しかった。

呼んでもらうことは叶わないけれど、

私と夫は、確かにぽっこのお母さんであり、お父さん。

それは、これからもずっと変わらない事実。

 

お腹に話しかけても、お腹にはいませんが、話しかける声はきっとどこかで聞いていてくれる、

そんな気がします。

 

妊娠7ヶ月、というカテゴリーをこのブログに追加し、

まさか、こんなご報告をすることになるとは思いませんでした。

ここまで、応援してくださっていた皆様、本当にありがとうございました。