昨日の虫(蛾の抜け殻になったサナギみたい)の付いた玉簾の
衣装など洗った。これは簡単にズボンを大きく縫って、たっつけ
袴風に手作りした物。あら!!あら!!
あら!あら!真っ白だった足袋が・・・・・・。
ついでに一緒に洗った,作業服も・・・・・・。緋赤のたすきにする
ための兵児帯も、何気に全部一緒に入れてしまった。あちこちに赤い
シミが付いた。足袋も袴もこれももう使えない・・・・・・。
そして1段上の引き出しに入っていた、このウールの着物は
良いかと思ったら、よく見ると絣模様着物(あれはアンサン
ブルだった)より虫食いは少ないけれど,とても着られない。
これは独身の時最初に母が買ってくれたウールの着物だった。
残念な失敗だらけのブログでは悲しいので、おまけ。
これ何時頃だったか忘れたけれど、薩摩芋の芽こんな時に
容器に入れて置いたら、
今玄関で,こんなに成長している。例年これ位伸びすぎたら
捨てていたが,今年は蔓を巻き付けてみた。お陰でいつまでも
楽しめる。先日まではハート型になっていた。薩摩芋さん有難う!
これ又おまけだけれど、隣の瓶の中の船は主人の作品。若い時は
こんな小さな事も根気よくしていた主人だけれどねぇ。後ろの
お地蔵様の絵は私の描いた絵。お気に入りなんだ!
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父にまつわる面白い話
昔からこの地区の小学校は1学年1クラスか2クラスの
小さな学校。(1時期3クラスになったが今はどうかな?)
父が小学校の時、バスケが流行っていたそうだ。
多分熱心な先生がいたんだろう?この地区は水害が多いが、
川の水に運ばれてくる土のお陰で、野菜作りに適した肥沃な
土地だった。だからお百姓の家が殆どで忙しく、子供の部活など
誰も気にも留めていなかったらしい。
父が6年の時県の大会に出て優勝した。次の日新聞に結果が
載っていたが、大きな市の同じ名前の小学校と間違えられて
いたらしい。その当時県で優勝とは大きなニュースだったらしい。
まさか応援の父兄も1人もいない、こんな田舎の小さな小学校が
優勝したなどと、新聞社の人も考えもつかなかったのだろう。
校庭に今でも優勝記念碑がある。父の同級生が遊びに来た時は、
笑い話としてよく話題になった。