異教の地「日本」 ~二つの愛する”J”のために!

言論宗教の自由が保障され、ひとりひとりの人権が尊ばれ、共に生きることを喜ぶ、愛すべき日本の地であることを願う。

なぜドイツ人女性たちは戦車を毛糸で包んだのか?

2015-04-07 21:44:51 | シェアー

http://www.huffingtonpost.jp/toru-kumagai/tank-in-germany_b_6987100.html

なぜドイツ人女性たちは戦車を毛糸で包んだのか?

投稿日: 2015年04月02日 16時47分 JST 更新: 2015年04月02日 16時47分 JST
  

旧東独・ドレスデン市の北部に、「ドイツ軍事史博物館」の武骨な建物がある。2013年3月にこの場所を訪れた私は、博物館の前に奇妙な物体を見つけた。

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毛糸で編んだ布で包まれたレオパルド1型戦車(筆者撮影)

ドイツ連邦軍の「レオパルド」1型戦車が、主砲からアンテナ、キャタピラに至るまで、様々な色を使ったウールの布で覆われているのだ。まるで戦車が毛糸で編んだセーターを着ているかのようだ。ウールの布の中には、聖母マリアとキリストや、オリーブの葉を口にくわえた鳩(平和のシンボル)の絵をモチーフとして織り込んだものもある。

これは、8歳から85歳までのドレスデン市民ら80人が、去年9月から5ヶ月間かけて編んだもの。彼らはウールによって戦車を包み込むことで、戦争に反対する意思を表明している。

ドレスデンは、1945年2月の連合軍の大空襲で灰燼に帰し、約2万5000人の死者を出したことでも知られる。町のシンボルだった聖母教会も破壊され、社会主義時代には瓦礫の山のままだった。教会が創建当時の姿のままに再建されたのは、ドイツ統一から15年経った、2005年のことである。

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ドイツ統一後に再建されたドレスデンの聖母教会。(筆者撮影)

米国の作家クルト・ボネガートは、第二次世界大戦末期にドイツ軍の捕虜となり、ドレスデンの収容所に拘留されている時に、この大空襲を体験。この時の経験を基に、名作「スローター・ハウス5」を執筆した。

つまりドレスデンは、今なお戦争の記憶を捨て去ることができない町なのである。

さらに、このオブジェを作った人々は、「なぜ70年前のドイツ社会はナチスによる独裁を許したのか? 将来こうした兵器が使われる前に、国際的な対立を解決するにはどうしたらいいのか? 過去から何を学ぶことができるのか?」と問いかけている。

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ドイツ連邦軍は、市民の反戦プロジェクトに戦車を貸し出すという、寛容な決定を下した。(筆者撮影)

当初ドレスデン市民たちは、博物館の庭に展示されていたソ連製のT34型戦車を包み込むことを考えていた。T34型戦車は、ソ連軍が東欧をナチスから解放する際に使用したが、東独の反政府デモやプラハの春を鎮圧する際にも使われた。

つまりナチスからの解放と、自由の抑圧を象徴する兵器なのである。

プロジェクトを始めた女性たちは、このような矛盾を抱えたT34こそ、ウールで包むのにふさわしいと考えた。しかし一部の市民が「東独を支配していたソ連の戦車は、見るのもおぞましい」として参加を拒否したほか、ロシアに好意を抱く市民の中には「解放者であるソ連軍を愚弄する行為だ」と抗議する者もいた。

このため市民たちは、連邦軍に頼み込んで、ドイツ製の古い「レオパルド」戦車を貸してもらった。もちろん連邦軍の内部には、「戦争に反対するプロジェクトに、なぜ戦車を貸し出さなくてはならないのだ」という批判もあった。一部の将兵たちの反対にもかかわらず、軍の上層部は戦車の貸与にゴーサインを出した。

軍隊が、戦争に反対するプロジェクトのために戦車を貸して、協力するとは意外である。日本の自衛隊だったら、反戦プロジェクトのために戦車を貸し出すだろうか?

ドイツ人は議論好きで、反対意見を尊重する。軍が左派に属する市民のプロジェクトを支援した裏には、「寛容さ」を示し、「今日の連邦軍は民主社会の一部である」とアピールするという目的があるように思われる。


保険毎日新聞連載コラムに加筆の上転載

(文と写真・ミュンヘン在住 熊谷 徹)
筆者ホームページ: http://www.tkumagai.de
 

 

 


ペリリュー島で何があったのか? 天皇、皇后両陛下が訪問する「忘れられた戦場」

2015-04-07 21:33:12 | シェアー

Huffpost Japan

http://www.huffingtonpost.jp/2015/04/03/peleliu-island-battle_n_7000432.html?ncid=fcbklnkjphpmg00000001

ペリリュー島で何があったのか? 天皇、皇后両陛下が訪問する「忘れられた戦場」

 |  執筆者:
投稿日: 2015年04月06日 07時08分 JST 更新: 2015年04月06日 10時33分 JST
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天皇、皇后両陛下が4月9日、パラオ共和国のペリリュー島を初めて公式訪問する。戦後70年を迎えて戦没者を慰霊するのが目的だ。太平洋戦争の激戦地となり、旧日本軍の守備隊約1万人が、ほぼ全滅したこの島で何が起きたのかをまとめた。

ペリリュー島は、南北約9km、東西約3kmの小さい島だ。パラオ諸島には唯一の大型飛行機が着陸できる「東洋一」と言われた飛行場があった。日本はこの島を死守するために、歩兵第2連隊を含むおよそ1万人の部隊を派遣。島じゅうに洞くつ陣地を張り巡らせていた。1944年9月15日に上陸した3万人近いアメリカ軍との間で、壮絶な激戦となった。

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日本軍の陣地とアメリカ軍の侵攻図


■禁じられた玉砕

旧日本軍はペリリュー島での無謀な突撃を禁じた。兵士らは洞窟に身を潜めて持久戦に徹したという。産経ニュースは次のように書いている。

米軍は昭和19年9月、この島に上陸し、迎え撃った日本軍は洞窟などを拠点に2カ月以上にわたって組織的に戦った。ここで日本軍は「アッツ島の戦い」(18年5月)以後続けてきた組織的な「玉砕」を初めて禁止。持久戦に持ち込む戦法は日本軍の戦術上の転換点となり、約3カ月後の「硫黄島の戦い」にも引き継がれた。

【ZOOM】忘れられた戦争「ペリリュー島の戦い」に焦点 - 産経ニュース 2014/08/05)

 

アメリカ軍は火炎放射器や水陸両用戦車などの最新兵器を投入したが、苦戦した。当初「3日以内で終わる」と予想した戦闘は、2カ月半に及んだ。NHKによると、アメリカ海兵隊の最精鋭部隊と言われる第1海兵師団第1連隊の死傷率は、史上最も高い約60%。そのあまりの犠牲者の多さと過酷さから、ほとんど語られてこなかったため、「忘れられた戦場」と呼ばれているという。

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ペリリュー島に残された旧日本軍の戦車(2015年2月28日撮影)


■死体を食べようとした兵士も

3月29日朝刊の中日新聞によると、旧日本軍の将兵約1万人はほぼ全滅した。生存者はわずか200人程度だったという。アメリカ軍の死者も1600人に上る死闘だった。生き残った日本兵34人は終戦を知らずに1947年4月まで、密林に潜んでゲリラ戦を戦った。

乏しい食料の中、死体を食べようとして撃ち殺された日本兵もいた凄惨な戦場だった。生存者の一人で、歩兵第2連隊に所属していた富安博さんは、NHKのインタビューに次のように答えている。

なにしろ戦ったあとっちゅうのはもう、見られたもんじゃねえから。戦ったあとは、もう、第一線というとこは死骸ばかりだから、アメさんと日本人で。いやあ、すごい。それが、大体20日ぐらい過ぎると、もうだんだんだん肉がとけてきちゃうね、スコールがあたるし。

だから、夜、歩くときにゃ、あばら骨踏んで歩っているようだよ「バリッバリッ」ってね。大体、あの島で死んだのが2万幾らだから。日本人は7000人ぐれえ、かな。すごいよ。で、まだ、死んだ人間、食べるっていう人もいんだよ、中には。腹が減っちゃって。それを食べにいったんだ、っていうんだが撃たれちゃった、敵にね、見つかって。

富安 博さん|証言|NHK 戦争証言アーカイブス

 
 

■今なお残る遺骨

ペリリュー島には、まだ数多くの遺骨が島内の洞窟や塹壕に残されている。時事ドットコムによると、これまで7633柱の遺骨を収容したが、約2600柱の遺骨が島内に埋もれているとみられる。

天皇、皇后両陛下は両陛下は4月8日、日本からパラオに民間チャーター機で到着し、レメンゲサウ大統領夫妻らとの歓迎行事に臨む。翌9日にパラオ本島からヘリコプターでペリリュー島に移動。島南部に日本政府が建てた西太平洋戦没者の碑と、アメリカ軍上陸地点付近にあるアメリカ陸軍の慰霊碑にそれぞれ供花する予定だ


原発再稼働に反対70.8%、事故の懸念73.8%=学者・民間機関調査

2015-04-07 20:57:21 | シェアー

http://jp.reuters.com/article/topNews/idJPKBN0MY0JX20150407?feedType=RSS&feedName=topNews&utm_source=twitterfeed&utm_medium=twitter&utm_campaign=Feed%3A+reuters%2FJPTopNews+%28News+%2F+JP+%2F+Top+News%29

原発再稼働に反対70.8%、事故の懸念73.8%=学者・民間機関調査

2015年 04月 7日 17:44 JST
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[東京 7日 ロイター] - 原発再稼働を前に災害リスクを専門とする学者と民間調査会社が、原発・エネルギーに関する世論調査を実施したところ、再稼働に対して反対が70.8%、賛成が27.9%という結果が出た。また、現状での再稼働では、73.8%が東京電福島第1原発事故と同規模の事故が発生すると懸念。新しい規制基準の下でも、国民の間に原発への不安感が根強く残っていることが鮮明になった。

調査を企画・立案した東京女子大の広瀬弘忠・名誉教授が7日、ロイターに明らかにした。広瀬氏は災害リスクの専門家で、同氏が代表を務める防災・減災の研究会社が、市場・世論調査を手掛ける日本リサーチセンター(東京都)に調査を委託。今年3月4日から16日にかけて全国の15─79歳の男女1200人を対象に調査を実施し、全対象者から有効回答を得た。同リサーチセンターは、米世論調査ギャラップ社と提携。これまでも多様な調査を実施してきた。

今回の調査では、全国から200地点を選び、各市町村の人口規模に比例して性別、年齢別に対象者を抽出。調査員が直接訪問して質問用紙を渡して後日回収する「個別訪問留置き調査」と呼ばれる手法で実施した。

<避難計画、9割近くが評価せず>

再稼働への賛否に関する質問では、「大いに賛成」「まあ賛成」「やや反対」「絶対反対」の4つを選択肢として提示した。その結果、「やや反対」が44.8%と最も多く、次が「絶対反対」の26.0%だった。「まあ賛成」は24.4%、「大いに賛成」3.5%となった。反対との回答は合計70.8%、賛成との回答は27.9%だった。

再稼働した場合、東京電力(9501.T: 株価, ニュース, レポート)福島第1原発と同程度の事故が起こる可能性について、「起こる」「たぶん起こる」「たぶん起こらない」「起こらない」の選択肢で回答を聞いた。

結果は、「たぶん起こる」51.8%、「起こる」22.0%と再発を懸念する意見が合わせて73.8%。「たぶん起こらない」24.1%、「起こらない」1.3%と再発を想定せずとの回答は25.4%だった。

原発再稼働の安全性では、「絶対安全だと思う」「やや安全だと思う」「やや危険だと思う」「非常に危険だと思う」の選択肢を提示したところ、「やや危険」52.3%、「非常に危険」29.0%と危険視する見方が81.3%に達した。これに対し、「やや安全だと思う」は16.2%、「絶対安全だと思う」は2.2%だった。

事故が起きた場合の避難計画に関し、十分かとの質問には「やや不十分」50.5%、「全く不十分」37.2%と9割近くが否定的な評価となった。「やや十分」9.7%、「十分」1.5%と肯定的な評価は1割止まりだった。

<原発の将来、段階的縮小論が過半数>

短期的な再稼働問題では否定的な回答が目立つ一方、原発の将来像に関する質問では、再稼働容認派が否定派を大きく上回る結果が出ている。

「再稼働を認めず、直ちにやめるべき」「再稼働を認めて、段階的に縮小すべき」「再稼働を認めて、現状を維持すべき」「再稼働を認めて、段階的に増やすべき」「再稼働を認めて、全面的に原子力発電に依存すべき」「その他」の選択肢を設けたところ、「再稼働を認め段階的に縮小すべき」が最も多く52.6%、次いで「再稼働は認めずに直ちにやめるべき」が29.7%、「再稼働を認め現状維持すべき」は11.8%、「再稼働を認め段階的に増やすべき」が2.9%だった。

広瀬氏は、この点について「いま再稼働することには躊躇(ちゅうちょ)するが、過半数は再稼働を認めて、段階的にやめていくという選択を採る」と指摘する。

ただ、同氏は「福島第1原発事故と同程度の事故が起こる、たぶん起こるを合わせると7割を超えている。そうした状況で、(民意は、現状での)再稼働を認めることはないだろう」と述べた。

太陽光、風力、地熱などの再生可能エネルギーの利用に関する質問に対し、大幅に増やしたほうがいい49.8%、少しずつ増やした方がいい45.3%と、回答者のほとんどは拡大に肯定的だった。だが、増やすペースでは意見が割れた。

<マスコミ調査よりも高い反対の数値>

電話が主体の国内報道各社の世論調査では、再稼働に反対が概ね5割強から6割弱といった幅で推移しているが、今回の調査では国内報道各社の調査に比べ、反対意見が高く出た。

こうした結果に対し、広瀬氏は「地域や国民を代表するよう対象者を選ぶ工夫をしている。代表性が高く、調査精度の高さが反映された結果だろう」と話している。

3月実施の調査は、レジャーや花粉症、金融商品など他の調査項目と「相乗り」して行われた。「原発関連は調査全体の一部を構成しているだけなので、協力した人たちが原発問題に関して偏見があるということはない」(広瀬氏)としている。

広瀬氏は2002年、東電による原発トラブル隠しの不祥事が発覚した時に同社が設置した「原子力安全・品質保証会議」の委員を務めた。2013年7月には内閣府原子力委員会で、原発世論に関して説明を行った。

(浜田健太郎 編集:田巻一彦)

 


安倍官邸への不信を隠さなくなった黒田日銀総裁。財政健全化と異次元緩和めぐるジレンマの出口とは

2015-04-07 16:21:36 | ご案内

町田徹「ニュースの深層」http://gendai.ismedia.jp/articles/-/42782

 
 
 
安倍官邸とすきま風?                         photo Getty Images
 

就任3年目を迎えた黒田東彦日銀総裁がジレンマに直面している。

異次元の金融緩和(量的・質的金融緩和)によって「2年程度で消費者物価上昇率2%を達成する」という当初のデフレ脱却公約が実現できないことに批判が強まっている一方で、安倍政権が従来の財政健全化計画を棚上げにするととられかねない新目標の策定に強い意欲を見せ、結果的に異次元緩和の継続・強化が覚束ない雲行きになっているからだ。

市場からは容赦ない「追加緩和催促」の声

それでも、市場は、対外的な公約であるデフレ脱却を果たすため、月内にも追加緩和が必要だと容赦のない催促の声をあげている。

黒田総裁は決して口にしないが、デフレ脱却と並ぶ重要課題として、消費増税による財政健全化に耐えられる経済環境作りを目指していたはずだ。そのための暗黙の狙いとして円高是正も心中にあったはず。八方塞がりの中で、黒田総裁は、どういう舵取りをするつもりなのだろうか。

2013年3月21日の就任記者会見で、「(物価上昇率を2%に押し上げるために)できることはなんでもやる」と宣言したためか、黒田総裁がデフレからの脱却だけを唯一の政策目標としているかのような印象を持つ人が多いようだが、それは違う。その証拠に、この日の会見の冒頭で、黒田氏は優先度の高い使命として「何といっても、物価の安定」と述べた後、すかさず「もう一つはもちろん、金融システムの安定」と語っている。

その前提条件として、黒田総裁の腹の内に「財政健全化」が深く刻まれていることが垣間見えたのは昨年10月末のことだ。

翌月半ばに消費税の追加増税の可否を決める有識者会合を控える中で、「量的・質的金融緩和の拡大」(黒田バズーカⅡ)を決めた意図を問われた黒田総裁は、有識者会合の決定に関与するつもりはないときっぱりと否定しつつも、あえて「(中央銀行として)政府が中期財政計画を着実に実行していかれることは期待しています」と付け加えることを忘れなかった。

上昇を続けていた株式相場が10月に入って変調をきたし、国民の年金資金を運用する年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)が債券から株式への資金のシフトを検討していた時期のことだ。本来ならば、黒田バズーカⅡを歓迎してもよいはずの首相官邸は、黒田日銀から事前の相談がなかったこともあり、財務省、厚生労働省、日銀が連携して消費増税実現に向けて外堀を埋めてきた中での苦言に不快感を抱いたらしい。この時から、一枚岩に見えていた官邸と日銀の間にすきま風が吹き始めたというのである。

安倍首相は翌11月18日の夜、首相官邸で記者会見を開き、2015年10月に予定していた税率を10%に引き上げる追加消費増税を17年4月まで1年半延期し、その信を国民に問うことを大義に21日付で衆議院の解散・総選挙を行う考えを明らかにしたのだった。黒田総裁はせっかくの黒田バズーカⅡの決定にもかかわらず、消費増税を先送りされ、「食い逃げ」をされた格好だった。

安倍首相が反発、気まずい雰囲気に

そして、今年に入ると、黒田日銀も首相官邸への不信を隠さなくなる。象徴的だったのが、2月12日夕刻、官邸の4階大会議室で開かれた経済財政諮問会議での黒田総裁の発言だ。

議事録をみると、議題は財政健全化だ。議長役の甘利明経済財政政策担当大臣が、従来の指標に加えて、「国と地方の債務残高のGDP(国内総生産)比」という新たな目標を設ける方針と、民間議員だけの会合に具体策作りを委ねる考えを説明した。これに対して、まず、麻生太郎財務大臣が「目標をいかにも変更したと思われるのは困る」とけん制した。

続いて、黒田総裁が「持続可能な財政構造を確立することは、日本経済が持続的な成長を達成していく上で必須の前提」として、「(従来の目標に達成に向けて)具体的な計画を策定していくことは重要であり、(民間議員任せにせず)諮問会議でもしっかり議論していくべきだ」ときっぱり反対の考えを表明した。同総裁は、「日本銀行としては、政府による財政健全化に向けた取り組みが着実に進んでいくことを強く期待している」と念を押すことも忘れなかった。

公式議事録ではここまでしか記録されていないが、日本経済新聞によると、黒田総裁はこのとき、「ここだけの話にしてほしい」と前置きしたうえで、「(バーゼル委員会などで)英独などが自国の国債もリスク資産にすべきだと言っている。そうなれば、(日本国債もリスク資産とみなされ)経済に大変な影響がある」と指摘して、財政健全化を急ぐよう主張したという。これに、財政健全化よりも経済成長を重視している安倍首相が激しく反発し、会議は気まずい雰囲気に包まれたらしい。

 日銀のジレンマとは

自分を日銀総裁に推してくれた首相の不興を買うことが明らかなのに、黒田総裁はなぜ、執拗に消費増税や財政健全化に拘ったのだろうか。

その謎を解くカギは、安倍政権が導入を狙っている新たな財政再建目標のカラクリにある。従来のように基礎的財政収支などの赤字額の削減を目指すのと違って、債務残高などのGDP比を目標にすると、低金利が続く中、経済成長さえ実現できれば、赤字そのものはまったく減らなくても目標を達成できてしまというのだ。

こうした目標は、諸外国からみれば、まやかしに過ぎず、日本が財政健全化を放棄したと受け取られるリスクがある。日銀としては、金融・資本市場を混乱させかねず、許容しがたいわけだ。

異次元緩和は、暗黙の狙いだった円高の是正には効果を発揮して、1ドル=80円前後から1ドル=120円前後まで円安が進んだ。その結果、期待したほどのペースではないものの、製造拠点を国内に戻す大手企業も現れ、輸出がけん引する形で徐々に景気拡大に向かっている。折からの米国の好景気もこの傾向に拍車をかけている。アベノミクスの3つの矢の中では、最も経済成長に寄与した施策と言ってよいだろう。

その一方で、金融・株式市場では、今年2月の生鮮食品を除く全国消費者物価指数が102.5(2010年を100とした指数)と、昨年4月の消費増税の影響を除くと前年同月比の伸び率がゼロ%にとどまったことを受けて、黒田日銀に再度の異次元緩和の強化を求める声が強まっている。中には、4月30日の金融政策決定会合での決定を迫る向きもある。さもないと、外国人投資家を中心に日本株売りを招くというのだ。

財政健全化なき異次元緩和のリスク

こうした中で、財政健全化に向けた政府の確固たるコミットメントという後ろ盾がないまま、黒田日銀が異次元緩和の再度の強化を決定すれば、流通市場経由とはいえ、日銀が財政に巨額の資金供給をしていることの弊害が改めてクローズアップされるだろう。その場合、国債や通貨・円への信任が揺らぐリスクが出てくる。

そうした波乱が直ちに起きる事態を回避できたとしても、いずれ日本経済がデフレからの脱却に成功して、日銀が保有量を積み増している国債や株式を放出する時期が来れば、市場の混乱は避けられない。

そもそも、物価が安定的な上昇軌道に乗り、国債の利払い負担が増え始めることに、借金漬けの財政が耐えられる保証もない。

永田町では、東京オリンピックが開催される2020年まで政権を維持したいというのが安倍首相の本音という見方がある。それまで財政健全化に確固たるコミットメントをしないまま、黒田日銀の異次元緩和を継続させることを目論んでいるとしたら、楽観的過ぎるのではないだろうか。

 

 


八王子市議選に初挑戦!社民党・佐藤あずさ ~ モットーは『八王子が変われば、東京都が変わる』

2015-04-07 16:18:42 | 紹介

 

佐藤あずさの公式ページ     super-azusa.net/

*「社民党・佐藤あずさ -- モットーは『八王子が変われば、東京都が変わる』  

http://photozou.jp/photo/show/159841/220797956

P4044043

… 4月5日付の日刊ゲンダイより。

選挙(八王子市議選26日投票)は初めてだ。

...

原点は、「街頭に立つこと」。昨年10月から平日はほぼ毎日、八王子駅を中心に街頭演説を行っている。1984年、岐阜県生まれ。

上智大外国語学部に入り、グラーツ大(オーストリア)へ交換留学。

帰国後に転部した文学部卒業後、NHK入局。事件や事故の取材にあたった。13年、上智大大学院に入学。

「田舎に生まれ育ち、大学進学で上京。中央と地方の格差を感じながら暮らした10年でした。田舎と都会の狭間にアイデンティティーのある人間として、東京都の宇中である八王子から中央へ訴えていきたい」

社民党に逆風が吹き続ける中の新人候補者だが、現在の安倍政権には強い危機感を抱いている。

「強い者、機会に恵まれた人だけが恩恵を得るのではなく、毎日、一生懸命頑張っている人々が大切にされる社会を実現したいと重い、政治への挑戦を決意しました」

反戦平和 、反貧困、中小企業支援、若者の雇用対策、超高齢化に対応した福祉政策の充実などを公約に掲げ、「平和を守り、格差の拡大にストップをかけることが自分たちの世代の使命だと思っています」と訴える。力の根源は末期がんで闘病中の祖母だ。「多くの人に育ててもらって、世の中に役立つ仕事をしなさい。それがかなうのを見届けるまで、おばあちゃんも絶対に生きているから」とエールを送る。応えられるか。