ねこのにくきゅう「泣き虫おかん日記ー星が笑えばー」

あかいねこの
       ひとりごと 

まとわりつく自死

2012-05-29 15:35:54 | 日記
私のまわりには、考えすぎなのか気にしすぎなのか自死に関する出来事によくでくわす。
音楽はあまり聴きたくないんだけど、また聴く機会があった。旦那の仕事関係のRAM吹奏楽団の演奏会を聴きに行かなければならなくなった。「行きたくない。聴きたくない」とダダをこねておりましたが、しかたなく旦那と共に聴いてきました。演奏はカウセリングの帰りと、続けてなのでこれはキツかったですね。おまけに、指揮者がプログラムに記されている方と変更になった。という話から、「実はこの演奏会の指揮者は5日前に他界されました。演奏会は中止しようかと思いましたが、僕たちは一生懸命演奏します。」という事だった。詳しい事情は旦那は知っていたらしく帰りにポツリと話した。「あの指揮者な、ウツ病で自死やったんや」と。私はやっぱりなというような予感はしていた。なんでわたしのまわりには、自死が多くまとわりついてくるのかという感じで、考えすぎなのか嫌になった。
心がボロボロの中、心の整理をしていたら、また“オレオレ詐欺ネコ”が現れた。「おかん オレやおれ。猫に生まれ変わったオレや。腹減ってんね。メシや飯。」と、振り込むお金のかわりにご飯を要求してくるのだ。ウルウルした瞳でみつめられると、猫バカキチな私は胸をキュンとさせられて「ちょっとまっときや」とあたえてしまうのであった。餌づけしてしまったので、だいぶなついて写真撮らせてくれました。

愛猫らっちはというと、鼻キスをして「お友達」と言っているわりに、「私、あんたなんかに興味ないの」という顔をしてどっかいってしまうと、オレオレ詐欺猫は、発情の声を発して必死でらっちを追いかけるのだが、さすがに避妊している、らっちちゃんは 知らん顔です。

私の心の整理はモヤモヤのままです。このままで、梅雨入りしたら、またまた気分が落ち込むゾ。
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美人とカバと消防音楽隊

2012-05-26 01:09:14 | 日記
昨日の天気は雨だった。未だに天気によって気持ちが変わる。トイレで用を終えて『テルマエ ロマエ』の映画のように、ほっと する時が、息子の事を思い出す時。こんなトイレの狭い個室で・・・とかガスで手に死斑がでていた姿とか・・・眠ってるだけで死んでなんかいないよ・・・遺骨には、ガスの影響で茶色の斑点があったり・・・そんな想いの中、やっとカウンセリングの日なので、いろんな話を聞いてもらおうと、要点のメモをする。口下手な私はこうして予習していても上手くしゃべれない。気分転換にどこかによって行った方がいいのかな、と考えていても電車の中で、今日は帰るという気持ちとの葛藤の繰り返し。先月から実習生が変わった。男の教生だと息子の事を思い出すからという気遣いから、かわいい女の子だった。ピラピラの服を着ていて私の気持ちを逆なでた。受付は、ジャニーズ系の背の高いお兄さんだった。私に近寄らんといてと内心思っていたら、もう一人美人なお姉さんが出てきた。黒い服にワンポイントアクセサリーできめて、なかなかセクシーに感じた。きっと男性は、こういうのにムラムラっとくるんだろうなとカウンセリングとぜんぜん関係のない妄想をしていた。わけのわからん事を話しそうだったので、先生をカバだと思う事にした。受付の美人とカバ、対象的だ。パワハラやら就活失敗自死の話をしていたら、あっと言う間に時間が過ぎて、また何か大事な事を聞き忘れている。しかし、カバは時間が来たら電池が切れたように裏表をみせ「続きは来月ね」と言って予約を入れさせられる。一か月後にまた話せるのかな。ため息をつきながらトボトボ帰る。以前は帰り道で泣いていたけど、涙はなくなった。雨はやんでいた。高校時代、雨不降りが好きだった。自転車通学だったのにドボドボに濡れて嫌な事を雨が洗い流してくれるような気がして好きだった。やっぱり何か気分をかえなきゃだめだ。ポルタの地下街をウロウロしていると、防火ふれあいコンサートを消防音楽隊が演奏していた。音楽はまだ聴く気分になってないんだよと逃げ出すにも逃げ出せず見てみると、息子に似ている消防士をみつけた。消防士になりたかったんだよね。筋トレばかしていた、がっちりな筋肉質の身体つきを思い出しながら、生演奏はやっぱ、いいわ。

心の 中で ドバー と 涙を 流して いた
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心で対話

2012-05-20 16:07:40 | 日記
独りきりで眠れない夜 あなたの事を想い出す 記憶の中いつものように また無邪気に笑ってる
あなたの温もり感じたくて 探してるよ今でもずっと ねぇ 聞こえているかな
この空の向こうで 心配してるよね きっと ごめんね ありがとう まだ辛いけど いつか
涙をふいて歩いて行けたら良いな

どんな時も私の時間は毎日変わらず過ぎていく 作り笑いが上手くなって 忙しさでまぎらわせて
強がってばかりいるよ今は こんなにまで 会いたいのに ねぇ 届いているかな この空の向こうへ
心配してるよね きっと ごめんね ありがとう まだつらいけど いつか あなたのように
強くなれたら 良いな

最後の言葉 震える声 涙まじりの「ありがとう」消えて行く声 とぎれる音
お願い まだ独りにしないで 良い子だなんておせいじにも言えないけど わがままを言わせて
ねぇ つながっているよね この空の向こうは 笑顔であふれていますか
寂しがり屋のあなたが 楽しくすごせるように ここからずっとずっと 願ってる
ねぇ つなげていくから この空の向こうまで 待っててくれるよね きっと
ごめんね ありがとう これからもずっと あなたの好きな花の名前で歌うよ
いつか二人で笑えると良いな おやすみ
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連鎖

2012-05-16 16:17:53 | 日記
自死は連鎖するという。

小、中学校のYちゃんとは、親友だった。高校は違ったけど、文通をやりとりする仲だった。高卒後、Yちゃんは銀行に就職してOLとなった。私は短大に通った。
Yちゃんは、よく仕事の人間関係のグチや電話が恐怖だという話しをしてくれた。3年間頑張って胃潰瘍になって身体を壊したので銀行を辞めた。その後、再就職した会社で社内結婚し、二人の子供を授かった。結婚したのは私が半年程遅かったが、二人の子供は同じ学年だった。お互いの二人目の子供が近い月日で生まれて、3カ月程経った頃だろうか、Yちゃんは育児ノイローゼで飛び降り自殺した。その時私も年子の子供たちの世話におわれている毎日で、告別式にも行けなかったし、ただお悔やみの電話を入れただけで、今もお参りに行けないままだ。結婚して、お互いの家に遊びに行った時、Yちゃんはよく「看護学生だったHちゃんが呼んでいる」と言っているのを思い出した。Hちゃんは、看護学生の時に勉強についていけないと、飛び降り自殺していた。
Yちゃんが逝ってすぐに私の夢の中に出てきた。そしてこう言うのだ「こっちは、楽しいよ。あかいねこちゃんも、おいでよ」その時の私は、「子供たちが大きくなるまで、この子たちをおいて、逝けないよ」と断った。
それ以来、Yちゃんは夢に出てこないけど、HちゃんがYちゃんを誘った?そうだよね。そしてYちゃんは私を誘って、私は断った。
息子もまた友達の夢に出たという話しを聞くと、「友達を誘っちゃダメだよ」って言い聞かせてるけど、返事はない。寂しくて誘うのかな?寂しいのは、お互い様なのにね。
息子の夢は4回目以降みない。夢でしか会えないというのに。。。
あいかわらずラップ音は ピシッ ピシ なっているのでラップ音で会話している。けど、返事は、ガタ ゴト ピシ?・?・?でわからないので、今日もおかんは、好き勝手に妄想を膨らませるのであった。
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母の日の心の叫び

2012-05-14 16:03:28 | 日記
母の日が終わり、母の日にちなんだ日記なんか書くものか、と思っていたが書からざるおえない、出来事が起こった。
それは、娘からお花のプレゼントを、いただいた事。
 まだ反抗期のなかった小学生の頃だったかと思う。二人の子供たちは、姉弟でお小遣いを出しあって自転車に乗り、カーネーションを買って来て、もらった記憶がある。
息子がいたなら、また半分出しあって買ってプレゼントできたのにね。お姉ちゃん一人に負担がかかってしまう。やら、嬉しいやら、悲しいやらのごちゃごちゃの心境。
泣き虫おかんは、泣きそうだったけどまた意地を張って、「高かったやろ、別にいいのに」と言って照れて、「ありがとう」が言えない。
いつまでも悲しんでないで私をみて!という娘のサインだとわかっていて、それでも私はまだまだ悲しむだろう。こっそり、娘がこのブログをみたらーお花をありがとう。本当は嬉しいけど、素直に声に出して言えない。そして、ごめんね。まだ悲しい。今の家族を大事にしなくちゃいけないのは、わかってるけど悲しい。ごめんね。-いつか娘が結婚して子供を育てた時、このおかんの気持ちが少しでもわかってくれれば、おかんはそれだけで、嬉しい。
 このプレゼントのお花、夜の8時半に渡されたので、午前中、私は寂しくて自分でお花を買って墓に供えに息子に会いに行った。お墓にしょっちゅう行きすぎると、呼び寄せられる、という迷信があると友人が話してくれた。それが迷信でなければおかんは、何回でも通うよ。
 旦那は、、姑側のいとこの集まりとやらに出かけて行った。私もいとこの集まりに来いと言われたが、近況報告させられたら何て答えるんだ。「行かない」と言い通した。姑にも私はまだ人と会えませんといっているのに、理解してないようだった。なので、ここで言ってはいけない発言をします。
幸せなヤツなんてみたくないんだよ!お前ら子供を亡くしてみろ!そうしないと人の気持ちなんてわからないだろう。-私の心の叫びをここにぶつけておきます。こんな自分が情けなくて、自分で自分を「死ね!」と思うけど、死ぬ勇気のない、そんな母の日 でした。
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