荻野洋一 映画等覚書ブログ

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『海難1890』 田中光敏

2015-12-08 03:22:16 | 映画
 『海難1890』は、日本・トルコ友好125周年にかんがみ製作された記念大作で、1890(明治23)年に和歌山沖で起きたエルトゥールル号遭難事件と、1985年のイラン・イラク戦争におけるトルコ政府による在テヘラン日本人救助という、2話構成となっている。オープニング前にいきなりトルコのエルドアン現大統領による作品完成への祝辞が上映されて、最近のロシア機撃墜事件をめぐるプーチンとの反目、ISILとの石油密貿易疑惑などで渦中の人物となっているだけに、いささか面食らうと同時に、がぜん興味深さが増してしまった。
 オスマン皇帝から明治天皇への答礼を目的として初来日したトルコ使節団の遭難事件(1890年)を描く第1部は、面白い。オスマン帝国の海軍なんて、めったに映画で見ることができないので、ワンカットワンカット、衣裳から号令から、将校たちの船内での食事、船底ボイラー室での乗組員による歌合戦まで、目を皿にして注視してしまった(どこまで史実に正確かはいざ知らずだが)。
 そして、台風の夜の並行モンタージュが悪くない。エルトゥールル号の海難シーンと、荒天につき休漁した和歌山の漁民たちが女郎屋で繰り広げる宴会シーンがカットバックされ、パニックを盛り上げる。そして、怒濤の救助シーンへとなだれ込んでいく流れなのだが、こういうグリフィス的な展開は(不適切な言い方で恐縮だが)映画ならではの見応えである。
 作品全体としては、第1部のエルトゥールル号遭難事件といい、第2部のテヘランでの邦人救出劇といい、両国の厚情、報恩、友好を過剰な愛国的センチメンタリズムで語っており、仕方ないこととはいえ、いささか胸焼けを禁じ得なかった。『黒衣の刺客』で遣唐使(妻夫木聡)の妻を演じた忽那汐里が、トルコ将校にほのかな恋を抱くが、あまりうまく作品内にこのロマンスは埋めこまれていない。ちなみに、『黒衣の刺客』の中で唯一好きではないシーンが忽那汐里が雅楽に合わせて舞うシーンで、どうもあの舞いがもうひとつだった。
 第2部の、トルコ政府による在テヘラン邦人救出事件(1985年)の描写には、細心の警戒の目が必要かと思う。事件じたいは、95年前の旧恩を忘れぬトルコ国民による日本への友好の証しとして語られ、なんの問題もない美談だとは思う。ただ、この美談の背景には、JALの労組が、乗務員の安全が保証されないチャーター機派遣に反対したこと、そして当時の自衛隊法では自衛隊機の海外派遣も想定されていなかったこと──この2点が、在留邦人が母国から見捨てられた原因としてそれとなく語られる。この『海難1890』という映画に、どれほど言外の他意が込められているかはわからない。単に純然たる美談映画なのかもしれない。しかし、意識的にか無意識的にかは関係なしに、労組のエゴイズムを糾弾し、「自衛隊の対外活動はこれだから拡大していくべきだ」という論調に加担する、ということになっているのである。現与党の意向と無縁な内容と言いきれるだろうか。


全国東映系で公開中
http://www.kainan1890.jp