荻野洋一 映画等覚書ブログ

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『俳優 亀岡拓次』 横浜聡子

2015-12-29 00:30:42 | 映画
 これほどバラバラに散乱したまま、回収しようともしない映画を見るというのも、たまにはいいものだ。世の中は妙な責任感で作家的回収意識が蔓延しているだけに。本来はかなり異端の作り手である横浜聡子という映画作家にとっては最も「注文仕事」に近い作品となったが、それを脇役俳優のしがなさと縁結びしているあたりが心強くもおもしろし。
 きのうは諏訪、きょうは山形、あすは三ノ輪、あさってモロッコ、帰って四谷。脇役俳優を演じる主人公・亀岡拓次(通称カメタク)の安田顕が、指示されるがままにいろいろなロケ先に出かけて行って、それなりに淡々と役をこなす。忙殺されるスタッフワークなら観客でも想像がつくだろうが、俳優部、それもメインキャストではない人たち(ロケ先の地方駅に到着早々、送迎のハイエース車内で「スケジュールが押しているんで、きょうはなくなりまして、カメタクさんの出番はあしたからです」的な伝達があったりする。そう言われたら「了解です」と言って、「きょう」の彼は宿近くの店でとりあえず飲むしかないだろう)の時間の流れ方それぞれブツ切りのパートは、スケジュール帳の上ではそれなりにポジショニングされているのだろうが、それを整理・伝達しているらしいマネージャー役の工藤夕貴はほとんど出演シーンもなく、電話によるリモートコントロールのみである。人はよく「距離感」なんていう言葉を使うだろう。この映画はその言葉を、煮たり焼いたりところてんにして咽せさせたりして供している。近そうで近くない、そんな惑星間にも似たエピソードのまとまりのつかぬ積載ぶりを見て、私はジェリー・ルイスの『底抜けてんやわんや』(1960)なんかを思い出した。
 インディーズ監督役の染谷将太、Vシネ監督役の新井浩文、俳優仲間の宇野祥平、イケメンの人気俳優の浅香航大、ロケ先の飲み屋の出戻り娘・麻生久美子など、年下との(意外な)豪華共演シーンも悪くはないけれども、はやり本作の白眉は、時代劇の大御所監督役の山崎努、新劇の座長女優の三田佳子のもとに馳せ参じた安田顕の、せつないようなひっそりとバンザイしたくなるような可愛がられ方である。
 三田佳子は、今年はじめに公開された『マンゴーと赤い車椅子』という、名匠・加藤泰の薫陶を受けた最後の生き残りたる73歳の仲倉重郎監督が、元AKB48秋元才加の主演で32年ぶりにメガホンを取った新作において、なんと老衰死するヒロインの祖母役を演じておられたので、一転、本作における新劇女優役は(『Wの悲劇』も思い出させつつ)、意気軒昂たる本来のこの人の色香、生気が感じられ、とにかくうれしく思った。


1/30(土)よりテアトル新宿(東京・新宿 伊勢丹裏)ほか全国で公開予定
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