夜のロンドン。孤児院の前で、ひとりの母親が赤ん坊を捨てようとしている。赤ん坊は、のちのピーター・パンである。
数年後、第二次世界大戦がはじまり、ドイツ機が夜ごとにロンドン市内を爆撃していた時代──ある夜、空を飛ぶ海賊船が孤児院を襲撃し、ピーターはじめ孤児を拉致していく。この拉致シーンが素晴らしかった。上空の船から海賊どもがワイヤーで降下してきて天井を突き破り、ひとりずつベッドの子どもを釣り上げていくのである。海賊船はイギリス空軍の追撃をかわし、いっきに大気圏外まで到達。ピーターの身柄は、無重力のうちに漂流する。このSF的叙情はなかなか美しい。セルゲイ・パラジャーノフが生き返ったかのごとくだ。
本作におけるネバーランドは、おそらく孤児院の少年がベッドで見る冒険の空想が、夜ごとのドイツ軍の空襲と結びついたものだろう。自分を捨てた「瞼の母」に一目会いたいという悲願と、戦時下のロンドンを逃げ出し、彼女が住むだろうおとぎの国へひとっ飛びに駆けつけたいという欲望が、ネバーランドという空想の帝国を作りあげた。
しかし、この叙情のレベルが持続することはなかった。結論から言わせてもらうなら、本作はこの序盤における拉致シーンを頂点とし、このあと舞台をネバーランドに移してからは、派手なVFXによるファンタジー・アドベンチャーが、あまり感情を揺さぶられぬこけおどしに留まってしまう。
有名作品の新機軸を出そうとして、前日譚にそれを求めるというアイデアは、さすがに使い古された感がある。古くは『スター・ウォーズ』、最近ではリドリー・スコットの『プロメテウス』が『エイリアン』の「0」にあたる内容だった。『X-MEN』は例外で、オリジナル3部作よりも、彼らの若き日を描いた新シリーズのほうがよく出来ている。プロフェッサーXと宿敵マグニートーが同志だったころの物語である。
私の推測では、本作『PAN ネバーランド、夢のはじまり』は、『X-MEN』新シリーズにヒントを得ているのではないか。つまり、ピーター・パンはまだ空を飛ぶ練習をする下積みの段階であり、宿敵となるフックも、海賊に強制労働を課せられた奴隷の青年にすぎない。ふたりは海賊の支配から逃げ出し、海賊のリーダー、黒ひげを共同で討つのである。黒ひげはさしずめ、蒋介石と毛沢東が国共内戦をはじめる前の日本軍といった位置づけだ。
黒ひげを演じたヒュー・ジャックマンの演技はいい。空飛ぶ少年が自分を討つことを、彼は予言者の予言によってすでに知っていた。ピーターにむかって「君がその少年なのか?」と質問するヒュー・ジャックマンの顔には、暗黒世界を支配してもなお満たされぬ虚無を、やっと終わらせてくれる者が現れた、という解放感さえ漂わせていたように思う。
丸の内ピカデリー(東京・有楽町マリオン)ほか全国公開中
http://wwws.warnerbros.co.jp/pan/
数年後、第二次世界大戦がはじまり、ドイツ機が夜ごとにロンドン市内を爆撃していた時代──ある夜、空を飛ぶ海賊船が孤児院を襲撃し、ピーターはじめ孤児を拉致していく。この拉致シーンが素晴らしかった。上空の船から海賊どもがワイヤーで降下してきて天井を突き破り、ひとりずつベッドの子どもを釣り上げていくのである。海賊船はイギリス空軍の追撃をかわし、いっきに大気圏外まで到達。ピーターの身柄は、無重力のうちに漂流する。このSF的叙情はなかなか美しい。セルゲイ・パラジャーノフが生き返ったかのごとくだ。
本作におけるネバーランドは、おそらく孤児院の少年がベッドで見る冒険の空想が、夜ごとのドイツ軍の空襲と結びついたものだろう。自分を捨てた「瞼の母」に一目会いたいという悲願と、戦時下のロンドンを逃げ出し、彼女が住むだろうおとぎの国へひとっ飛びに駆けつけたいという欲望が、ネバーランドという空想の帝国を作りあげた。
しかし、この叙情のレベルが持続することはなかった。結論から言わせてもらうなら、本作はこの序盤における拉致シーンを頂点とし、このあと舞台をネバーランドに移してからは、派手なVFXによるファンタジー・アドベンチャーが、あまり感情を揺さぶられぬこけおどしに留まってしまう。
有名作品の新機軸を出そうとして、前日譚にそれを求めるというアイデアは、さすがに使い古された感がある。古くは『スター・ウォーズ』、最近ではリドリー・スコットの『プロメテウス』が『エイリアン』の「0」にあたる内容だった。『X-MEN』は例外で、オリジナル3部作よりも、彼らの若き日を描いた新シリーズのほうがよく出来ている。プロフェッサーXと宿敵マグニートーが同志だったころの物語である。
私の推測では、本作『PAN ネバーランド、夢のはじまり』は、『X-MEN』新シリーズにヒントを得ているのではないか。つまり、ピーター・パンはまだ空を飛ぶ練習をする下積みの段階であり、宿敵となるフックも、海賊に強制労働を課せられた奴隷の青年にすぎない。ふたりは海賊の支配から逃げ出し、海賊のリーダー、黒ひげを共同で討つのである。黒ひげはさしずめ、蒋介石と毛沢東が国共内戦をはじめる前の日本軍といった位置づけだ。
黒ひげを演じたヒュー・ジャックマンの演技はいい。空飛ぶ少年が自分を討つことを、彼は予言者の予言によってすでに知っていた。ピーターにむかって「君がその少年なのか?」と質問するヒュー・ジャックマンの顔には、暗黒世界を支配してもなお満たされぬ虚無を、やっと終わらせてくれる者が現れた、という解放感さえ漂わせていたように思う。
丸の内ピカデリー(東京・有楽町マリオン)ほか全国公開中
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