荻野洋一 映画等覚書ブログ

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『二重生活』 岸善幸

2016-05-04 22:14:14 | 映画
 テレビ演出家・プロデューサーの岸善幸の劇場映画デビュー作『二重生活』(6/25公開予定)を試写で見たのだけれど、これが心理サスペンスとして非常によくできている。デビュー作とはいってもベテランの手さばきで、イヤらしい人間のエゴが少しずつ少しずつ漏れこぼれてくる。そして露わになるときはドバッとあられもなく。
 哲学を専攻する大学院生・門脇麦が、担当教授のリリー・フランキーから、修士論文のテーマを「尾行」にしてみたらどうかと持ちかけられる。誰かアトランダムの人物をえらんで、理由なき尾行をしてみる。その尾行から見えてくるもの、起きてくるものを記録し、考察を加える、という研究内容だ。このテーマにのめり込んでいく門脇麦。
 しかし、たまたま尾行対象にえらんだ男(長谷川博己)が浮気していることをキャッチしてしまったことから、話がややこしくなる。ややこしくという以上に、長谷川博己の妻(河井青葉)、幼い娘、浮気相手(篠原ゆき子)による問題の核心が、門脇麦の探偵ごっこによって歪んだかたちで舞台化されてしまい、コントロール不能に陥っていくと言うべきか。
 原作は小池真理子で、3月に公開されたばかりの矢崎仁司『無伴奏』に続いて、競作のような格好になったが、両者は正反対のタイプの映画になっていて、どちらも面白い。
 ヒッチコックの名前を出さずとも(と言って、出してる)尾行というテーマが喚起する、視線の距離、後ろ姿、覗き見の性的興奮、証拠写真、見てはいけないものが見えてしまう禁忌、などといった事柄の映画的魅力は元来、抵抗しがたいものがある。本作はそういう受け手のツボを押していく。そして、あくまで目撃者、記録者でしかなかったはずの門脇麦がいつしか不真面目な侵犯者として逆襲を受けてしまうのと同様に、スクリーンのこちら側で安全に画面上のサスペンスを楽しんでいた私たちも、いつしかその視線の不実をなじられるかも知れない。


6/25(土)新宿ピカデリーほか全国公開
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