5月29日朝日新聞朝刊の「政治断簡」というコラム欄に、「恋々としてますが、なにか?」のタイトルで政治部次長の高橋順子さんの文章が掲載されていた。
http://www.asahi.com/articles/ASK5X4W0JK5XUTFK006.html
「小学3、4年生の頃だったか。母にしばしば、古本市に連れて行かれた。お目当ては、百科事典。働き者で倹約家、本などめったに読まないのに、品定めする横顔はなんだかうれしそうで、子ども心に意外な感じを受けた。
でも今なら、ちょっとわかる。早く社会に出たから知らないことがたくさんある、とこぼしていた母のこと、憧れの「知」を身近に引き寄せ、なりたかった自分になれそうな気がしていたのだろう。」
この出だしで始まるコラムは、母親の「知」に対する直向な思いとの対比として、最近話題になった「中が空洞のダミー本3万5千冊をインテリアとして置くことを計画しているツタヤ図書館」を取り上げている。
その中で、この図書館の計画を進めた担当者の「入った時に『うおっ』と思って頂ける空間づくりをしたい」という発言を紹介し、「中身なんてどうでもいい。むしろ空洞の方がいい。安いし軽いし入れ替えも楽だ」とでもいうようなこの図書館の発想に対し、「ああこれ、この感じ。安倍政権が民を扱う手つきに似ている。」と言って、以下のような本題に話を展開させている。
◇◇
参加でも共働でも包摂でもなく、動員。中身や過程はどうでもいい、頭数さえそろえばOKという身もふたもない割り切りが、安倍政権の特質だと私は思う。
(略)
動員に効くのは雰囲気の演出。ゆえに何かにつけて2020年、東京五輪・パラリンピックを持ち出す。あるいは、逆らったら面倒なことになるという空気を作り出す。
(略)
でも、私たちは過半数を形成する頭数でも、「1強」を演出するインテリアでもない。
「常にあなたを他の誰かのようにしようとする世の中で他の誰でもない自分でいること、それは人間にとって最も過酷な戦いに挑むことを意味する。戦いを諦めてはならない。」
・・・(略)・・・(「コムデギャルソン」の工事フェンスより)
戦いたい。諦めたくない。
そう。私は、私であることに、恋々としているのだ。
◇◇
「加計学園」問題での前川前事務次官の毅然とした行動と、その前川氏に対し公の場で口汚く人格攻撃をした菅官房長官の言動を目の当たりにして、今の政権下「個人が自分のままでいること」がいかに権力によって攻撃・侵害されるかという現実に気付かされ、それを我がこととして受け止め、強い苦痛を感じた人は少なくないと思う。
昨今朝日新聞は、安倍首相によって挑発的な敵視の公言を受けても、表立った抗議をすることはなかったが、今回の前川氏に対する質の悪すぎる人格攻撃には、朝日の政治部次長も腹に据えかねたようだ。
「私は、私であることに、恋々とする」宣言は、権力によって個人の尊厳を踏みにじられることを拒否する宣言として、多くの人に共有され、その輪は確実に広がっていくだろう。
「護憲+BBS」「新聞記事などの紹介」より
笹井明子
http://www.asahi.com/articles/ASK5X4W0JK5XUTFK006.html
「小学3、4年生の頃だったか。母にしばしば、古本市に連れて行かれた。お目当ては、百科事典。働き者で倹約家、本などめったに読まないのに、品定めする横顔はなんだかうれしそうで、子ども心に意外な感じを受けた。
でも今なら、ちょっとわかる。早く社会に出たから知らないことがたくさんある、とこぼしていた母のこと、憧れの「知」を身近に引き寄せ、なりたかった自分になれそうな気がしていたのだろう。」
この出だしで始まるコラムは、母親の「知」に対する直向な思いとの対比として、最近話題になった「中が空洞のダミー本3万5千冊をインテリアとして置くことを計画しているツタヤ図書館」を取り上げている。
その中で、この図書館の計画を進めた担当者の「入った時に『うおっ』と思って頂ける空間づくりをしたい」という発言を紹介し、「中身なんてどうでもいい。むしろ空洞の方がいい。安いし軽いし入れ替えも楽だ」とでもいうようなこの図書館の発想に対し、「ああこれ、この感じ。安倍政権が民を扱う手つきに似ている。」と言って、以下のような本題に話を展開させている。
◇◇
参加でも共働でも包摂でもなく、動員。中身や過程はどうでもいい、頭数さえそろえばOKという身もふたもない割り切りが、安倍政権の特質だと私は思う。
(略)
動員に効くのは雰囲気の演出。ゆえに何かにつけて2020年、東京五輪・パラリンピックを持ち出す。あるいは、逆らったら面倒なことになるという空気を作り出す。
(略)
でも、私たちは過半数を形成する頭数でも、「1強」を演出するインテリアでもない。
「常にあなたを他の誰かのようにしようとする世の中で他の誰でもない自分でいること、それは人間にとって最も過酷な戦いに挑むことを意味する。戦いを諦めてはならない。」
・・・(略)・・・(「コムデギャルソン」の工事フェンスより)
戦いたい。諦めたくない。
そう。私は、私であることに、恋々としているのだ。
◇◇
「加計学園」問題での前川前事務次官の毅然とした行動と、その前川氏に対し公の場で口汚く人格攻撃をした菅官房長官の言動を目の当たりにして、今の政権下「個人が自分のままでいること」がいかに権力によって攻撃・侵害されるかという現実に気付かされ、それを我がこととして受け止め、強い苦痛を感じた人は少なくないと思う。
昨今朝日新聞は、安倍首相によって挑発的な敵視の公言を受けても、表立った抗議をすることはなかったが、今回の前川氏に対する質の悪すぎる人格攻撃には、朝日の政治部次長も腹に据えかねたようだ。
「私は、私であることに、恋々とする」宣言は、権力によって個人の尊厳を踏みにじられることを拒否する宣言として、多くの人に共有され、その輪は確実に広がっていくだろう。
「護憲+BBS」「新聞記事などの紹介」より
笹井明子