9月25日のテレビは、昼間は「やり手ママ」に、夜は詐欺師に占拠された。軍配は、「やり手ママ」に上げざるを得ない。
上野動物園の「パンダ」の命名発表。これでワイドショウその他のTVメディアを引き付けておいて、政治にかかわる重大発表をする。政治部署だけではなく、多くのTVメディアを集める。ここがうまいところ。しかも、その発表内容の図太さ。そんじょそこらの男どもでは、到底まねができない。
曰く「これまで、若狹と細野が中心になってきた新党構想をリセットして、わたしが中心になって新党立ち上げをする」ときた。
一言でいうと、若狹や細野に任せておいては、風が吹かない。使い物にならない。「だから、これからは、私が中心でやります」宣言。若狹などは、記者の質問にしどろもどろで、携帯電話が壊れていて、小池都知事と連絡が取れなかった、などと見え透いた言い訳をしていたが、役者が違うとしか言いようがない。男どもには、こんな発言をする度胸はない。
それでは若狹や細野がぶんむくれて辞めた、となるかと言えば、決してそうはならない。「辞めた」と言ったとたん、「そう。残念だわね。では、ご自分で新党を立ち上げてください」と言われるに決まっている。このあたりの冷酷さは、別れた男には見向きもしない女性特有の強さだろう。別れた女性にいつまでも恋々とし続ける男にはない強さだ。
これで、小池新党(希望の党)は市民権を得た。新物大好きのメディアにとって、これほどおいしいネタはない。一気に自民党の対抗馬に躍り出た。
政治的センスが決定的に欠落している民進党前原もこれでようやく踏ん切りがついたようで、自由党との合併を決断。同時に、民主党解党、「希望の党」合流を決断した。
実は、民進党の基本戦略は、自由党・社民党との合流。そして、その三党と共産党との統一名簿作成。四党統一候補で選挙に臨むというものだった。しかし、党内の共産党アレルギーがなかなか払拭できず、愚図愚図と引き延ばしていたのが現実で、結局、党内対立が、民進党をここまで追い込んだと言っても過言ではない。民進党指導層に決定的に欠落しているのが、党内分裂・混乱を覚悟した上での決断。この覚悟の無さが、低迷の最大要因だ。
これはどんな勝負事にも言えることだが、勝負事に一番重要なのは、タイミング。一瞬の時をつかむタイミングを逸したら、同じことをしても、インパクトがない。「勝負勘」というのは、一瞬のタイミングをつかむ勘を指す。勝負事には、「勝ちと負け」しかない。「負け」を恐れては、タイミングを逃す。小池百合子は、この決断力が群を抜いている。「度胸」が良い。「民進党」が「希望の党」に敗れるのも無理はない。
小池百合子はここまでは成功した。見事といってよい。しかし、問題はここから始まる。
小池百合子のここまでの成功は、「中小企業の成功」という認識が必要だ。中小企業は、トップの決断が成功の鍵を握り、トップの決断が企業の成否に直結している。トップに組織の運命が託される度合いがきわめて高い。これまでの小池知事の成功は、中小企業的成功の環境で行われた。
しかし、ここからの小池百合子はそうはいかない。例えば、民進党議員の選抜をあまり強権的に行うと、小池百合子の印象が非常に悪くなる。まして、安全保障を前面に出して排除すると、小池百合子の極右的側面が強調されて「希望の党」への期待が急速に萎んでしまう危険性がある。
大きな組織のトップの言説は、「中小企業トップの切れ味」から、「曖昧模糊」とした言説になりがちになる。これには理由がある。大企業の場合は、中小企業と違った社内の多様性を考慮に入れなければならない。同時に対外的影響も考慮に入れなければならない。「切れ味鋭く」というわけにはいかない。
小池百合子が、「民進党からの入党希望者を選抜するとか絞り込む」などと言えば言うほど、小池百合子の「冷酷さ」「酷薄さ」が浮き彫りになっている。テレビカメラは表情の変化を容赦なく暴き立てる。それが目立てば目立つほど、見る側の心が冷え、引いてしまう。小池百合子は、この事の重大性をもっと深刻に考えたほうが良い。
よく考えればすぐわかるが、今回、民進党は「お金」と「組織=人」も提供するのである。それを提供される側が、偉そうに「選抜する」「絞り込む」などと言っている。これは、世間的常識とは相反する。小池百合子は、一人一人選別するとか、全員受け入れるという事はさらさらないとか、人の神経を逆なでするような発言を平気でしている。日ごろは、慎重な口を利く小池百合子だが、この口の利き方は、ない。小池知事が居丈高になればなるほど、小池知事の本性が丸出しになっているようで、国民の心が離れてしまう。
実は、小池新党(希望の党)の危険性はここにある。「希望の党」が成功するかどうかは、小池百合子の酷薄さを薄める本当の意味での側近の存在にかかっている。首相を本気で狙うのなら、多様性をできるだけ認めなければならない。これは大変難しい、どうやら、彼女は人に任せれない性格のようだから。
こう考えると、選抜される側のリベラル派は、覚悟を決めて対処したほうが良い。排除されるリベラル系の議員たちは、一つの塊になったほうが良い。いわゆる分党論。前原と交渉して、プールしている政党助成金を分割し、選挙資金を確保して、戦うべきだろう。共産党との連携、社民党との連携はできる。同時に、各地の単産と協議して、連合系の援助ももらう。連合も希望の党との連携を進めた責任があるので、目をつぶるだろう。さらに、各地の市民運動との連携も深めるべきだろう。リベラル系の勢力が衰退するのは、絶対避けるべきだろう。
前回の小沢の戦略で書き忘れたが、今回の選挙、自民党が勝っても安倍政権の足元は、揺れ動き、そんなに長く持たないだろう。「希望の党」側が勝利しても、必ず内部分裂を起こすだろう。政策的問題だけではなく、最初に結集した人間がひどすぎる。これから数年は、政党の離合集散が激しくなり、政治はなかなか安定しないだろう。
ただ、安倍一強と言われる時代は過ぎ去り、本当の意味での政策を競う時代が到来するだろう。
寝て起きたら、景色が変わる、というのは、時代の転形期の特徴である。十七年遅れの「世紀末」の到来だと考えたほうが良い。今回の小沢の仕掛けは、本当の意味でのカオスを起こし、21世紀の日本の未来をどう生み出すのかを国民に問うている、と考えたほうが良い。
「護憲+BBS」「メンバーの今日の、今週の、今月のひとこと」より
流水
上野動物園の「パンダ」の命名発表。これでワイドショウその他のTVメディアを引き付けておいて、政治にかかわる重大発表をする。政治部署だけではなく、多くのTVメディアを集める。ここがうまいところ。しかも、その発表内容の図太さ。そんじょそこらの男どもでは、到底まねができない。
曰く「これまで、若狹と細野が中心になってきた新党構想をリセットして、わたしが中心になって新党立ち上げをする」ときた。
一言でいうと、若狹や細野に任せておいては、風が吹かない。使い物にならない。「だから、これからは、私が中心でやります」宣言。若狹などは、記者の質問にしどろもどろで、携帯電話が壊れていて、小池都知事と連絡が取れなかった、などと見え透いた言い訳をしていたが、役者が違うとしか言いようがない。男どもには、こんな発言をする度胸はない。
それでは若狹や細野がぶんむくれて辞めた、となるかと言えば、決してそうはならない。「辞めた」と言ったとたん、「そう。残念だわね。では、ご自分で新党を立ち上げてください」と言われるに決まっている。このあたりの冷酷さは、別れた男には見向きもしない女性特有の強さだろう。別れた女性にいつまでも恋々とし続ける男にはない強さだ。
これで、小池新党(希望の党)は市民権を得た。新物大好きのメディアにとって、これほどおいしいネタはない。一気に自民党の対抗馬に躍り出た。
政治的センスが決定的に欠落している民進党前原もこれでようやく踏ん切りがついたようで、自由党との合併を決断。同時に、民主党解党、「希望の党」合流を決断した。
実は、民進党の基本戦略は、自由党・社民党との合流。そして、その三党と共産党との統一名簿作成。四党統一候補で選挙に臨むというものだった。しかし、党内の共産党アレルギーがなかなか払拭できず、愚図愚図と引き延ばしていたのが現実で、結局、党内対立が、民進党をここまで追い込んだと言っても過言ではない。民進党指導層に決定的に欠落しているのが、党内分裂・混乱を覚悟した上での決断。この覚悟の無さが、低迷の最大要因だ。
これはどんな勝負事にも言えることだが、勝負事に一番重要なのは、タイミング。一瞬の時をつかむタイミングを逸したら、同じことをしても、インパクトがない。「勝負勘」というのは、一瞬のタイミングをつかむ勘を指す。勝負事には、「勝ちと負け」しかない。「負け」を恐れては、タイミングを逃す。小池百合子は、この決断力が群を抜いている。「度胸」が良い。「民進党」が「希望の党」に敗れるのも無理はない。
小池百合子はここまでは成功した。見事といってよい。しかし、問題はここから始まる。
小池百合子のここまでの成功は、「中小企業の成功」という認識が必要だ。中小企業は、トップの決断が成功の鍵を握り、トップの決断が企業の成否に直結している。トップに組織の運命が託される度合いがきわめて高い。これまでの小池知事の成功は、中小企業的成功の環境で行われた。
しかし、ここからの小池百合子はそうはいかない。例えば、民進党議員の選抜をあまり強権的に行うと、小池百合子の印象が非常に悪くなる。まして、安全保障を前面に出して排除すると、小池百合子の極右的側面が強調されて「希望の党」への期待が急速に萎んでしまう危険性がある。
大きな組織のトップの言説は、「中小企業トップの切れ味」から、「曖昧模糊」とした言説になりがちになる。これには理由がある。大企業の場合は、中小企業と違った社内の多様性を考慮に入れなければならない。同時に対外的影響も考慮に入れなければならない。「切れ味鋭く」というわけにはいかない。
小池百合子が、「民進党からの入党希望者を選抜するとか絞り込む」などと言えば言うほど、小池百合子の「冷酷さ」「酷薄さ」が浮き彫りになっている。テレビカメラは表情の変化を容赦なく暴き立てる。それが目立てば目立つほど、見る側の心が冷え、引いてしまう。小池百合子は、この事の重大性をもっと深刻に考えたほうが良い。
よく考えればすぐわかるが、今回、民進党は「お金」と「組織=人」も提供するのである。それを提供される側が、偉そうに「選抜する」「絞り込む」などと言っている。これは、世間的常識とは相反する。小池百合子は、一人一人選別するとか、全員受け入れるという事はさらさらないとか、人の神経を逆なでするような発言を平気でしている。日ごろは、慎重な口を利く小池百合子だが、この口の利き方は、ない。小池知事が居丈高になればなるほど、小池知事の本性が丸出しになっているようで、国民の心が離れてしまう。
実は、小池新党(希望の党)の危険性はここにある。「希望の党」が成功するかどうかは、小池百合子の酷薄さを薄める本当の意味での側近の存在にかかっている。首相を本気で狙うのなら、多様性をできるだけ認めなければならない。これは大変難しい、どうやら、彼女は人に任せれない性格のようだから。
こう考えると、選抜される側のリベラル派は、覚悟を決めて対処したほうが良い。排除されるリベラル系の議員たちは、一つの塊になったほうが良い。いわゆる分党論。前原と交渉して、プールしている政党助成金を分割し、選挙資金を確保して、戦うべきだろう。共産党との連携、社民党との連携はできる。同時に、各地の単産と協議して、連合系の援助ももらう。連合も希望の党との連携を進めた責任があるので、目をつぶるだろう。さらに、各地の市民運動との連携も深めるべきだろう。リベラル系の勢力が衰退するのは、絶対避けるべきだろう。
前回の小沢の戦略で書き忘れたが、今回の選挙、自民党が勝っても安倍政権の足元は、揺れ動き、そんなに長く持たないだろう。「希望の党」側が勝利しても、必ず内部分裂を起こすだろう。政策的問題だけではなく、最初に結集した人間がひどすぎる。これから数年は、政党の離合集散が激しくなり、政治はなかなか安定しないだろう。
ただ、安倍一強と言われる時代は過ぎ去り、本当の意味での政策を競う時代が到来するだろう。
寝て起きたら、景色が変わる、というのは、時代の転形期の特徴である。十七年遅れの「世紀末」の到来だと考えたほうが良い。今回の小沢の仕掛けは、本当の意味でのカオスを起こし、21世紀の日本の未来をどう生み出すのかを国民に問うている、と考えたほうが良い。
「護憲+BBS」「メンバーの今日の、今週の、今月のひとこと」より
流水