車泊で「ご当地マンホール」

北は山形から南は大分まで、10年間の車泊旅はマンホールに名所・旧跡・寺社・狛犬・・思い出の旅、ご一緒しませんか。

ご当地マンホール in 石川県旧富来町(志賀町)

2018年02月04日 08時00分00秒 | マンホール・マンホールカード・キャラ・石川県

旧羽咋郡富来町(とぎまち)は石川県能登地方の、日本海に面しいた町です。能登半島外浦屈指の良港を有し、九世紀初頭には福良津に「渤海使(ぼっかいし)」の為の客院が置かれたことが記載されています。能登金剛に代表される景勝地は能登半島国定公園として多くの小説や映画などの舞台となりました。「町の木:モチノキ」「町の花:ハマナス」「町の鳥:イソヒヨドリ」を制定。

明治22年(1889)、町村制の施行により羽咋郡富来村・福浦村・熊野村・稗造村・東増穂村・西増穂村・西海村・西浦村が発足。

1919年、富来村が町制を施行、羽咋郡富来町となる。

1954年、福浦村、熊野村、稗造村、東増穂村、西増穂村、西海村、西浦村と合併、新たに富来町が発足。

2005年、羽咋郡志賀町と合併、新に志賀町となりました。

マンホールには『粟津潔』氏のデザインで、抽象化した「海・波・山・空」が描かれています。

昭和51年(1978)9月28日制定の町章は「富来町の頭文字「と」を意匠化したものです。」

富来領家町にある「道の駅:とぎ海街道」。ここには珍しい「とぎ男爵芋のソフトクリーム」があります。 ほんの少し塩を振って食べるのですが、微妙な塩加減と芋独特の風味が不思議な味わい(笑)

道の駅の随所に展示されていた「冨木八朔祭礼(富来祭り)キリコ」のモニュメント。 神輿の道中を照らしながら行く「キリコ」の厳かな灯り、その美しさ、一度は見てみたい情景です。

撮影日:2011年10月15日&2015年5月24日

 

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ご当地マンホール in 石川県旧志賀町

2018年02月03日 10時00分00秒 | マンホール・マンホールカード・キャラ・石川県

旧羽咋郡志賀町(しかまち)は石川県の能登半島、日本海に面した中央部に位置した町です。「ころ柿」の産地として知られており、初冬の風物詩として知られる吊るし柿が軒先に揺れる風景は観光パンフレット等ですっかりお馴染みです。道の駅に建立されていた「志賀疾風太鼓保存会」の碑は、この地方の先祖が筑前の国志賀島より、日本海の疾風を利用し親潮にのって来たといわれ、故郷の空を偲び太鼓を打ち鳴らして望郷の想いをいやしたことから生まれたと伝えられています。「町の木:松」「町の花:ハマナス」を制定。

明治22年(1889)、町村制の施行により、羽咋郡志加浦村・堀松村・加茂村・東土田村・西土田村・上熊野村・下甘田村・高浜町が発足。

1940年、東土田村、西土田村が合併、羽咋郡土田村が発足。

1954年、志加浦村、堀松村、加茂村、土田村、上熊野村が合併、羽咋郡志賀町が発足。

1955年、下甘田村(上中山地区を除く)が志賀町に編入。

1970年、羽咋郡高浜町と合併、新たに志賀町が発足。

2005年、羽咋郡富来町と新設合併し、新:志賀町となりました。

マンホールは地域伝統芸能獅子舞の「京振り」に登場する「獅子」と「天狗」、下に町章が描かれています。(町役場敷地内に設置)

町の花:ハマナスと共に描かれた町章は、昭和46年6月15日の制定「「シ」を鳩の形に象ったものです。」

志賀町末吉の「道の駅:ころ柿の里しか」では2011年と2015年の二度、車泊をさせて頂きました。 併設された日帰り温泉で気持ちも体もホッコリ、産直の品々は驚くほど充実して、ついつい買い過ぎて大変な事に・・(^^;)

道の駅の一画にあった「最勝柿」は、冬になれば町の特産品の「ころ柿」になります。 「ころ柿」の「ころ」は、まんべん無く陽が当たるようにコロコロと廻す「ころ」から来ています。

車で旅をするものにとって、このような道の駅は、本当にありがたく大切な場所です。  改めて、その折は有難うございました 

撮影日:2011年10月15日&2015年5月24日

 

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ご当地マンホールとマンホールカード in 石川県志賀町

2018年02月03日 08時00分00秒 | マンホール・マンホールカード・キャラ・石川県

羽咋郡志賀町(しかまち)は本州の日本海側、能登半島のほぼ中央に位置する町です。2005年9月1日に羽咋郡志賀町と富来町が新設合併し発足しました。「町の木:もちの木」「町の花:はまなす」を制定。

キャッチフレーズは「夢・未来の創造 笑顔あふれる能登ふれあいの郷 ~私たちが主役の新志賀町物語~」

マンホールは旧志賀町当時のもので、町章のみが新しい志賀町のものに変えられています。 デザインは志賀町の地域伝統芸能獅子舞の「京振り」に登場する「獅子」と「天狗」。

「京振り」に登場する烏帽子姿の天狗面。

2005年9月1日制定の町章は「志賀町が未来に向かって飛翔する姿を頭文字の「S」で表現しています。 雄大な日本海と能登半島のスケールの大きさや出会いと交流を外の円で、町を取り巻く豊かな環境をのSで、未来に向かう町民の心を中央の線で表現しています。」公式HPより

ちょっと不思議な姿の女の子は、志賀町マスコットキャラクター『西能登あかりちゃん』。 福浦港日和山に現存する、日本最古の木製灯台「福浦灯台」をモチーフに誕生しました。

撮影日:2011年10月15日&2015年5月24日&2018年10月15日
 

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2018年8月11日、第8弾として全国76自治体で76種類(累計364自治体418種類)の マンホールカードの配布が 開始されました。「志賀町」のマンホールカードは「志賀町役場本庁舎上下水道室」でいただけます。

1989年に設置開始されたマンホールには「日本海の荒波」と「獅子舞」がデザインされています。

「石川県志賀町では、能登半島中央部の外浦海岸に位置しているため日本海の荒波と空を背景に、中央には、秋祭りに神輿渡御とともに五穀豊穣を願って舞われる伝統芸能の獅子舞をモチーフにデザインされております。 赤色部分が天狗の烏帽子、青色部分が獅子の胴体部分である蚊帳を表現しております。 獅子舞は、ギョンブリ(祇園振り)、サンクズシ(三崩し)、シシコロシ(獅子殺し)などの演舞があり、笛、鐘、太鼓の音にあわせて獅子舞が奉納されます。一度、勇壮な舞を見物してみてはいかがでしょうか。 このデザインは、下水道マンホール蓋のみで使用しております。」

座標軸マンホール

配布場所展示ミニマンホール

訪問日:2018年10月15日

 

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ご当地マンホール in 石川県川北町

2018年02月02日 08時00分00秒 | マンホール・マンホールカード・キャラ・石川県

能美郡川北町(かわきたまち)は石川県の南西、手取川北岸に位置する町です。町名の由来はそれに由来するとされています。手取川の恩恵にあずかる反面、度重なる氾濫が古くから続き、氾濫の影響が少ない小高い丘に「島」と呼ばれる集落を形成してきました。そのため、川北町には、島が付いた町名が幾つも残されています。「町の木:ケヤキ」「町の花:河原ナデシコ」「町の鳥:ヒバリ」を制定。

キャッチフレーズは「小さいからこそ キラリと輝く“ふるさと川北”」「彩が「いき」るまち 豊かな未来へ今日をつなぐ 21世紀 TOWN KAWAKITA」

明治22年(1889)、町村制の施行により能美郡中島村・草深村・砂川村が発足。

1907年、中島村、草深村、砂川村が合併、能美郡川北村が発足。

1980年、川北村が町制を施行、能美郡川北町となりました。

マンホールは、中央に町章をおいた集落排水の規格蓋のみ。

昭和22年(1947)制定の町章は村章を引き継いだもので【川北の文字をデザインしたものです。川は雄大な白山を源とする石川県最大の手取川を表して、未来への歩みを象徴。北は両岸の豊饒なる加賀平野を表して、川北町の豊かさと平和さを伝えています。川は雄大な白山を源とする手取川を表し、北は両岸の豊饒なる加賀平野を表しています。】HPより

町章と「温泉」の文字入りマンホール

「おんせん」の文字のみのマンホール

町役場内に展示されていた町の特産品。ビールや麺類、柿にシイタケと多彩。

撮影日:2015年10月19日

 

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ご当地マンホール in 石川県旧寺井町(能美市)

2018年01月31日 08時00分00秒 | マンホール・マンホールカード・キャラ・石川県

旧能美郡寺井町(てらいまち)は石川県の南部に位置し、色絵の磁器「九谷焼」や、秋常山古墳群で知られた町です。古墳群の中で石川県下で初めて発見された全長100m級の1号墳は、北陸最大規模の前方後円墳として有名で「能美古墳群」として国史跡に指定されました。「町の木:椎の木」「町の花:ツツジ」を制定。 

旧キャッチフレーズは「水と緑と文化の町をめざして」

明治22年(1889)、町村制の施行により能美郡湯野村・長野村・寺井村・粟生村・久常村・吉田村が発足。

1907年、湯野村、長野村、寺井村が合併、能美郡寺井野村が発足。

1926年、寺井野村が町制を施行。能美郡寺井野町が発足。

1956年、寺井野町、粟生村、吉田村、久常村の一部が合併、能美郡寺井町が発足。

2005年、能美郡根上町・辰口町と合併、能美市となりました。

マンホールには町章を中心に、「町の花:つつじ」と伝統工芸品の「九谷焼」、周囲に「紗綾形文」がデザインされています。

白九谷の獅子と招き猫

昭和31年10月1日に制定された町章は「「テライ」を組合せて図案化したものです。」

仕切弁

消火栓

量水器

「九谷の里・九谷陶芸村」は「360年の歴史を誇る九谷焼のあらゆる情報が集結する村」をコンセプトに、業界唯一の九谷焼のショッピングモールとして開村しました。 お買い物は勿論、本格的な陶芸教室の開講や、また手軽な作陶体験が出来る事で人気の場所です。生憎と私達が訪れた時はすでに暮れ始めの時刻、どの店もぼんやりとした明かりの中。

なんだか今ひとつよく分らなかった(笑)、九谷焼で作られた巨大な「陶壁ビッグモニュメント」 高さ12.9mの塔のようなものは、銅釜をモチーフとしているそうですが・・正直???(笑)

陶芸村のメイン通りに作られた巨大な輪っか、ぶら下がっているのは色とりどりのビニール傘です。 視覚的なモニュメントなのでしょうが、これも綺麗とは思いましたが何故傘なのか意味は不明(^^;)

能美市九谷焼資料館のマスコットキャラクター『くーちゃん』。九谷焼の壷をモチーフに誕生しました。いかにもなスタイルで気に入ってます(笑)

撮影日:2011年10月12日&2015年10月19日

 

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ご当地マンホール in 石川県旧辰口町(能美市)

2018年01月30日 08時00分00秒 | マンホール・マンホールカード・キャラ・石川県

旧能美郡辰口町(たつのくちまち)は石川県の南に位置した町です。『泉鏡花』の小説に登場する「辰口温泉」の所在地として知られ、温泉街中心地には、「辰口温泉開湯千四百年記念碑」と共に「泉鏡花文学碑」が建立されています。「町の木:赤松」「町の花:野花菖蒲」を制定。

旧キャッチフレーズは「緑と水と太陽の町たつのくち」

明治22年(1889)、町村制の施行により能美郡山上村・国府村・久常村が発足。

1956年、山上村、国府村の一部、久常村の一部が合併、能美郡辰口町が発足。

2005年2月1日、能美郡根上町、寺井町と合併、能美市となりました。

マンホールには、「町の花:野花しょうぶ」と、周囲に「町の木:赤松」が描かれています。

昭和31年1月20日制定の町章は「頭文字である「タ」を、円形に図案化したもの。」。

二種類の蔵の鏝絵は、たまたま通りかかった辰口地区内で見かけたもの。火防と子孫繁栄を象徴する「波と兎」

家紋の上でとぐろを巻く蛇

撮影日:2011年10月12日&2015年10月20日

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ご当地マンホール in 石川県旧根上町(能美市)

2018年01月28日 08時00分00秒 | マンホール・マンホールカード・キャラ・石川県

旧能美郡根上町(ねあがりまち)は石川県南部の日本海に面した町です。元メジャーリーグ選手『松井秀喜』や、第85代・第86代内閣総理大臣『森喜朗』の出身地として知られています。町名は「義経記」に登場する、根部が地上に露出した「根上の松」由来。「町の木:黒松」「町の花:ハマナス」を制定。

旧キャッチフレーズは「太陽のこぼれている町・ねあがり」

旧根上町庁舎前で見つけた「男子20km競歩 世界新記録樹立スタート&ゴール地点の碑」

旧根上町域で見かけた煙突・・みたいな?、大きな塔・・みたいな??。大きく「旬です。ねあがり」の文字。いや、ねあがりに旬はいらん!と思わず突っ込む私(-_-;)

明治22年(1889)、町村制の施行により能美郡福江村・江ノ島村・釜屋村・吉田村が発足。

1907年、福江村、江ノ島村、釜屋村が合併、能美郡根上村が発足。

1934年、根上村が町制を施行、能美郡根上町が発足。

1956年、根上町が、能美郡吉田村赤井、西任田、吉原地区を編入。

2005年、能美郡寺井町・辰口町と合併、能美市となりました。

マンホールには、町名の由来となった「根上松」と町章がデザインされています。

「下水道」の文字は初見

「根上松」

昭和31年10月1日制定の町章は「頭文字である「ネ」を図案化したものです。」

根上町といえば「根上松」と「松井秀樹」が有名ですが、実は隕石が落下した事でも知られています。1995年2月18日・23時55分頃、根上町の一般民家の敷地に隕石が落下し、普通乗用車を直撃。 隕石による物的被害というのは国内で唯一で、この時の隕石のレプリカと直撃された乗用車は、「能美市子ども宇宙科学室」に展示されているそうです。

撮影日:2011年10月12日&2015年10月20日

 

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ご当地マンホール in 石川県能美市

2018年01月27日 08時00分00秒 | マンホール・マンホールカード・キャラ・石川県

能美市(のみし)は石川県の南部、加賀平野のほぼ中央に位置します。手取川と梯川に挟まれた扇状地と、日本海に面した美しい海岸線があり、南側には白山山系に連なるなだらかな能美丘陵を擁する自然豊かな町です。2005年2月1日に、能美郡根上町・寺井町・辰口町が新設合併して発足しました。

キャッチフレーズは、「海山川の恵みと人が輝く やすらぎのまちづくり」「~歴史・文化・自然・産業の調和した快適居住都市~」

マンホールは旧寺井町のものですが、中央の知章と自治体名が能美市に変わっています。

2005年2月1日制定の市章は【「の」を正円、正三角形の幾何学的模様によってバランスよく配置し、近代性、合理性などを兼ね備えるとともに、丸みをつけることでやさしくて素朴なイメージを表したデザインです。】HPより

加賀丸いもの妖精『のみまるくん』。特技は加賀丸いもの栽培と、へらを使って頭に何でも載せられることです。毎日、能美市のお好み焼き「のみまる」のPR活動に励んでいます。

撮影日:2011年10月12日&2015年10月21日

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能美市和佐谷町、白山麓地域の玄関口、手取川沿いに位置する「道の駅:しらやまさん」。2011年の訪問の時にはこんな看板でしたが・・

4年後の訪問では2011年9月に「白山手取川ジオパーク」に認定された事をうけて、模様替えしていました。

2015年の車泊旅では、こちらで食事&車泊地として利用させて頂きました。
車で旅をするものにとって、このような道の駅は本当にありがたく大切な場所です。

改めて、その折は有難うございました

 

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ご当地マンホール in 石川県旧鹿西町(中能登町)

2018年01月20日 08時00分00秒 | マンホール・マンホールカード・キャラ・石川県

旧鹿島郡鹿西町(ろくせいまち)は石川県能登半島の中ほど、邑知(おうち)潟断層帯に位置した町です。町域の西にそびえる眉丈山麓の尾根上、急斜面に囲まれた山の上には、弥生時代中期後半・後期後半を中心とした集落跡「杉谷チャノバタケ遺跡」があります。昭和62年(1987)の石川県水道用水供給事業に伴って発掘調査が行われ「日本最古のおにぎり」の化石が発掘されて大きな話題を呼びました。「町の木:松」「町の花:菊」を制定。

明治22年(1889)、町村制の施行により鹿島郡能登部村・金丸村が発足。

1934年、能登部村が町制を施行、鹿島郡能登部町となる。

1956年、鹿島郡能登部町、金丸村が合併、鹿島郡鹿西町が発足。

2005年、鹿島郡鹿島町、鳥屋町と合併、鹿島郡中能登町となりました。

マンホールには、「日本最古のおにぎり」にちなんだキャラクター『おにぎりくん』と『おむすびちゃん』に囲まれた「能登半島」がデザインされています。

『おにぎりくん』『おむすびちゃん』、中能登町内のいたる所に出没しています。

昭和37年7月1日制定の町章は「「6・織機の歯車・農業(稲穂)・鹿の角」の四点をシンポライズし、図案化したものです。」合併協議会資料より

「杉谷チャノバタケ遺跡」から発掘された「ちまき状炭化米塊(たんかまいかい)」の化石。確かに現代で言うところの三角おにぎりの形状をしています。はるかな太古のおにぎり・・・一説には神への供物ではないかとも言われています。

撮影日:2011年10月18日&2015年5月20日

 

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ご当地マンホール in 石川県旧鹿島町(中能登町)

2018年01月18日 08時00分00秒 | マンホール・マンホールカード・キャラ・石川県

旧鹿島郡鹿島町(かしままち)は石川県能登地方、能登半島の中ほどに位置した町です。町域には、同県七尾市と富山県氷見市にまたがる標高564mの「石動山(せきどうさん)」があり、能登の国二宮「伊須流岐比古神社(いするぎひこじんじゃ)」が鎮座されています。「町の花:あやめ」を制定。

明治22年(1889)、町村制の施行により、鹿島郡越路町・御祖村・滝尾村・久江村が発足。

1955年、鹿島郡越路町、御祖村、滝尾村、久江村が合併、鹿島郡鹿島町が発足。

2005年、鹿島郡鳥屋町、鹿西町と合併、鹿島郡中能登町となりました。

マンホールには、大きく町章をデザインした上に、「町の花:あやめ」が描かれています。

昭和49年9月28日制定の町章は「外側は旧四村(越路町・御祖村・滝尾村・久江村)を合わせて「和」とし、中側に「カシマ」を時計回りにして図案化したものです。」合併協議会資料より

撮影日:2011年10月18日&2015年5月20日

 

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