車泊で「ご当地マンホール」

北は山形から南は大分まで、10年間の車泊旅はマンホールに名所・旧跡・寺社・狛犬・・思い出の旅、ご一緒しませんか。

伊東市内・つまみ歩き in 静岡県伊東市

2018年11月30日 08時00分00秒 | 神社仏閣・名所・観光・静岡県

小雨の中では車中で偶然見かけた景色を楽しむ事もままならず、チラっと横目で見てタメ息・・・またタメ息(笑)

予定していた「潮吹き岩」の観光スポットも、車から出て案内板を見て、海岸への遊歩道の略図を見ただけでハァ~~~と深~~~~いタメ息。案内看板にあった「潮吹き岩」の写真。凄いなとは思うけれど、よほどお天気に恵まれないと私には無理な名所・・・

 

車泊予定地について一息ついて・・夕暮れの小雨の中で見るヨットハーバーは、どこか異国の香りで余所余所しい・・・海辺の小さな漁師町で育った私には、海に浮かぶ船といえば漁船か連絡船くらいしか目にする事は無かったな・・。

昨夜からの雨と観光地ゆえの駐車場の不便さで、ご当地マンホール探しも車内からという中途半端な状態。そして人気のない時間帯の商店街は、夕暮れ間近のヨットハーバーと同じくらい・・余所余所しい。最も、こんな時間帯でもないと、車での探索は出来ないのだけど(-"-)

そんな状態なので、予定の撮影スポットも、急いで車から降りデジカメを向けたら、速攻で車内に引き返すというお粗末なもの。まぁ、おてんとうさまの御機嫌だけはどうにも仕方ないです。さて市内最初の建物は、昭和33年に建てられた県内最古の「登録有形文化財:旧伊東警察署松原交番」

2006年に静岡県から伊東市に譲与され、現在は観光案内所「伊東観光番」として活用されています。

伊東市に来て絶対に外せない見所は、「伊東市指定文化財:旧木造温泉旅館東海館」。 

昭和3年の創業以来、望楼の増築など幾度かの増改築を行いながら70年近く旅館業を営んできましたが、1997年に長い歴史の幕を下ろし、現在は伊東温泉観光・文化施設「東海館」として活用されています。

こんな雨の中ですが、無理を言っての一時停車。 傘に邪魔されつつ、可能な限りその素敵なたたずまいをデジカメにおさめてきました。唐破風の彫刻は鮮やかに昇る「旭日」、豊かに打ち寄せる「波」。そして今まさに羽ばたく「鶴」。

何しろ道幅が狭い場所の停車、御亭主殿が車の中でいらいらと待っていると思うと気が急きます。 シンボルともいえる「望楼」もこの場所からでは、いくら見上げても見ることもできません。

何度か行ったり来たりしてみましたが、それ以上は無理と思い切り、離れてしまった車に戻りました。 今なら、わざわざ遠くまで来て取り敢えずチラ見だけで済ますという事は考えられませんが、この当時は、とにかく予定通りに先に進めることが一番の目的になっていました。

車に戻る時に偶然見かけた「布袋さん」。散策できていたら他の六福神にも会えたかも。

折角の景色もこんな状態では術もなく、この日も伊東市での予定を消化するだけの行程。 朱色のぼんぼりが温泉情緒を醸し出す「湯の花商店街」・・できれば歩いてみたかったな。車の窓から見送る景色は、それが通り過ぎていく景色だけに、尚更、魅力的で未練がましいのです。

訪問日:2011年11月10日~11日

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伊東市の車旅では、国道135号沿いにある「道の駅:伊東マリンタウン」で車中泊をさせて頂きました。 あいにくの土砂降りで決して快適とは言えませんが、併設されたお風呂で体を温め、ゆっくりと休むことが出来ました。
車で旅をする私達にとって、こうした施設は、本当にありがたく大切な場所です。

改めて、その折は有難うございました m(__)m

 

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渚八幡(なぎさはちまん)神社 in 静岡県伊東市渚町

2018年11月29日 08時00分00秒 | 神社仏閣・名所・観光・静岡県

伊東市渚町に鎮座される「渚八幡(なぎさはちまん)神社」。御祭神は『品陀和気命(ほむだわけのみこと)』。たまたま近くを通りかかっての参拝。

鳥居の両脇、社号標・社殿改築寄付者芳名碑の足元には紅い前垂姿の小さなお地蔵さまが祀られています。もしかしたら、明治以前の神仏習合の名残なのかも(^-^)

清掃が行き届いた清潔な境内。ただ創建などを伝える由緒の類はなく、詳細は不明。

拝殿近く左右より神域を守護されるのは、モルタルで制作されたと思われる不思議な顔立ちの狛犬さん一対。「大正十五丙寅年 二月大吉」の刻。

何があっての事か不明ですが狛犬さんの頭部にはセメント修復の跡が・・それでも間違いなく大切にされている様子は、狛犬好きには嬉しい限り。

境内の奥にはまだ他にも石造物などがあったらしいのですが、生憎の雨中の参拝、駈足参拝も止むを得ません。

参拝日:2011年11月11日

 

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川奈三嶋(かわなみしま)神社 in 静岡県伊東市川奈

2018年11月28日 08時00分00秒 | 神社仏閣・名所・観光・静岡県

伊東市川奈、川奈港を見下ろす高台に鎮座される「川奈三嶋(かわなみしま)神社」。御祭神は『事代主命』

「創建800年祭記念碑」を横目に一直線に伸びるこの石段。はたして無事にたどり着けるのかどうか・・・・心もとない限り(^^ゞ

創建は平安時代末頃と伝えられる古社。川奈に残る言い伝えに「源頼朝が伊東に流されている際、三嶋神社に武運を祈願し、成就折には17の三嶋神社を建立すると約束した。頼朝公が鎌倉幕府を開いた後の治承三年(1179)、川奈の地に三島神社を創建するよう同村の若衆たちに命じた。」

石段正面の拝殿は、赤いトタン屋根に薄水色の神文

三島神に相応しい波の懸魚

急な長い石段を登りきった先で出迎えてくれるのは、頑張ってよかった!と思わせる狛犬さん一対。「明治三十七年(1904)十月十五日」の刻。 この狛犬さんに会いたくて無理して頑張ったんだからね(*^^*)。でもその甲斐は十分にありました。

何でそこまで無理を・・と思われたアナタの為に! 実はこの狛犬さん、御夫婦の一対でどちらが奥方でどちらが殿方か一目見てわかるという・・・・(〃∇〃)。

吽形さんのおっぱいの感じから見て、仔狛さんはまだまだお小さいんでしょうね(*^^*)

境内にはいくつか摂社もあり、社名は不明ですが大切にお祀りされています。

最後は手水舎の狛犬さん。「怖い・・」と思わせる独特の風貌で、手水はこの狛犬さんの口から出てくるのですが・・・・

横顔がまるで人の顔に見えて。例えて言うなら人面犬。いや顔だけなら、一世を風靡した(?)ヒッピーのお兄さん・・・・

高台にある境内からは、初島や手石島も一望出来ると聞いていましたが、どれがどれなのか(^^ゞ もう少し詳しく調べておくんだったと、恒例の溜息(笑)

参拝日:2011年11月10日

 

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八幡宮来宮(はちまんぐうきのみや)神社 in 静岡県伊東市八幡野

2018年11月27日 08時00分00秒 | 神社仏閣・名所・観光・静岡県

伊東市八幡野、国指定天然記念物の社叢に守られて鎮座される「八幡宮来宮(はちまんぐうきのみや)神社」。 御祭神は『誉田別命(ほむたわけのみこと)・伊波久良和氣命(いわくらわけのみこと)』

「此の地に鎮ります八幡宮来宮神社は、その創立を悠久の昔に発し、郷党衆庶の尊崇篤く、神威赫々として今日に至った古社である。
八幡宮は誉田別命(応神天皇)を祀る、神護景雲3年大宰の廟官阿曽麻呂が一国一社と定めて正八幡宮を勧請した際の伊豆国の代表八幡宮であって明治6年郷社に列列せられた。
来宮神社は伊波久良和気命を祀り、古来来宮大明神と崇められた延喜式神名帳所載の神社である。
もとは海岸の堂の窟に祀られていたが、後に八幡宮神域に奉遷され、明治9年郷社に列せられた。元来両社は別殿であったが、延暦年間本殿再建の際に二殿両扉の現在の姿になったと言い伝えられていて当社は一殿にして二社である。
社頭掲示より

濃く深い緑の懐に抱かれるような静寂の中、下界の音もここまでは届かないのか、耳に聞こえるのはただ静かに雨に濡れた苔むす参道を進む、私たちの息遣いのみ。やがて手水舎の手前に、天を衝くようにそびえる御神木の千年杉。

石段の正面、すっきりと美しく静かに佇む入母屋造の拝殿。

石段の上左右より神域を守護されるのは江戸流れタイプの小ぶりな狛犬さん一対。毬に手を重ねる阿形さん。考え深げな顔で四肢を踏ん張る吽形さん。

対の画像が無くて残念なのですが・・阿形さんのこの表情がとても好き。

御神木の前左右より神域を守護されるのは、全体が深い森の色に染まった端正な佇まいの狛犬さん一対。「文久二年(1862)十月吉日」の刻。

深い深い神域の緑に抱かれて150年余の歳月を過ごされてきたその表情、美しいというのは語弊があるでしょうか?

国指定天然記念物「八幡宮来宮神社社叢」、八幡野の「リュウビンタイ」。大型のシダ植物であるリュウビンタイは、この八幡宮来宮神社社叢が日本列島における北限自生地だそうです。

小雨交じりの神域は静かで清らかで・・その分、デジカメをもって動き回るにはかなり制限がかかります。雨に濡れた苔の石段は、油断すると事故につながりかねません。画像は少なくても参拝できた事を僥倖としなければ。

参拝日:2011年11月10日

 

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ご当地マンホール in 静岡県伊東市

2018年11月26日 08時00分00秒 | マンホール・マンホールカード・キャラ・静岡県

伊東市(いとうし)は静岡県の最東部、相模灘に面した伊豆半島の東岸中部に位置する市です。熱海市、伊豆市、伊豆の国市、東伊豆町に隣接。市域の44.7%が国立公園区域に指定され大室山の麓にある伊豆高原地域は半島東部でも有数の観光地として知られ、多くの観光客が訪れます。また、毎分34,000リットルの湧出量を誇る伊東温泉は本州一で、ハトヤホテルのCMで全国的に有名になりました。♪~伊東に行くならハ・ト・ヤ~ 電話はヨイフロ~♪・・・何とも懐かしいフレーズ(笑) 「市の花木:椿」「市の鳥:イソヒヨドリ」を制定。
キャッチフレーズは「ずっと住みたい また来たい 健康保養都市 いとう」

明治22年(1889)、町村制の施行により、賀茂郡対島村・小室村・伊東村・宇佐美村が発足。

1896年、賀茂郡から田方郡に移行し、それぞれ田方郡対島村、小室村、伊東村、宇佐美村となる。

1906年、伊東村が町制を施行、田方郡伊東町が発足。

1947年、田方郡伊東町と小室村が合併。市制を施行し伊東市が発足。

1955年、田方郡対島村、宇佐美村を編入。

マンホールには、市章と、毎年7月の第一日曜に開催される「松川タライ乗り競走」の様子が描かれています。

こちらのマンホールは「城ヶ崎海岸の門脇埼灯台と吊り橋」が描かれ、個人的にはとても好みです。

汚水枡用の蓋には「市の花木:椿」が全体にデザインされていました。

昭和23年(1948)4月10日制定の市章は「図案化した「い」を10個、円型に配置して「いとう」を表し、全体で、太陽に恵まれた豊かな自然と円満な市民性、平和なまちを望む市民の願いを象徴しています。」公式HPより

商店街の歩道にあった帆船とイソヒヨドリのタイル画

撮影日:2011年11月10日&11日

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マンホールカード頂きました

2019年12月14日、第11弾として全国63自治体で66種類(累計502自治体605種類)の マンホールカードの配布が 開始されました。「伊東市」のマンホールカードは、「伊東温泉観光・文化施設「東海館」」でいただけます。

2019年に設置開始されたマンホールには「東海館」と「灯籠流し」「花火大会」がデザインされています。

「昭和初期開業の木造旅館を改装した伊東温泉観光・文化施設「東海館」を背景に、浴衣姿で温泉情緒ある街並みと灯籠流し・花火を見て楽しむ親子を図案化しました。 父親が持つ団扇に市の鳥「イソヒドリ」、母親の浴衣に市の花「椿」を描いています。 市制施行日の8月10日をメインに開催される「按針祭(あんじんさい)」では、東海館前を流れる伊東松川で灯籠流しが行われます。 夜色の中、色彩豊かな灯籠が流れていく光景は幻想的であり、フィナーレを飾る花火大会では約1万発の花火が打ち上げられます。 本市の夏の風物詩である「光と浴衣」をテーマに浴衣での街歩きを楽しめる取組を行っています。」

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・・・伊東市には「伊豆の瞳」とも呼ばれる「一碧湖」と呼ばれる美しい火口湖があります 。 この湖に、日本の固有種を絶滅においやった外来種「ブルーギル」を放流した○○がおいでになります。
日本魚類学会に所属していながら一体何を学ばれたのか・・一個人のブログなのでここまで(笑)

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八幡神社 in 静岡県東伊豆町稲取

2018年11月25日 08時00分00秒 | 神社仏閣・名所・観光・静岡県

東伊豆町稲取に鎮座される「八幡神社」。御祭神は『穂都佐和気命(ほづさわけのみこと)』。『三島神』の御子神で稲取の開拓神と云われます。

「創建は徳治2年(1307)、稲取の鎮守神として信仰されてきました。源氏との縁が数多く伝えられ、境内には『源頼朝』の縁と伝わる井戸なども残されています。」境内由緒碑より

『源頼朝』が源氏再興祈願の水垢離を行ったとされる井戸。 いくつもの出来事と人の出会いが、やがて『頼朝』を鎌倉幕府の初代征夷大将軍に導くのですが・・それはまた別のお話。

拝殿前左右より神域を守護されるのは、目と口中が紅く塗られた狛犬さん一対。「天保六年(1835)五月二十日建立」の刻。

何と表現したら良いのか・・この独特の雰囲気。そう、まるでSFの世界にも通用しそうな異様な迫力。

それにしても、口中の赤はまだ理解できるけれど、なぜこんなに鮮やかに目を赤く塗ったのか・・日が落ちてから面と向き合うのは、ちょっと(いや、かなり)勇気と度胸がいりそう・・と言うか、絶対に無理!!

拝殿には見事な社殿彫刻が一杯。

木鼻の獅子は、拝殿前の狛犬さんとは対照的に、穏やかで柔らかい笑みさえ浮かべて・・。 

貫を支える上部にはまどろんでいるかのような龍の彫刻。こんな時いつも、私でもきれいに撮れる望遠が欲しいと切実に思うのです。

脇障子:左は一帯に咲き乱れる百花から一枝の牡丹を咥える獅子。右は紫雲と百花の中で遊ぶ親子獅子

境内一画に、安政4年当時の拝殿上部の鬼瓦。

留め蓋瓦の獅子一対。

「日露戦争の忠魂碑」。江戸城の築城石が礎石に使用されています。

趣きのある手水舎

参拝日:2011年11月10日

 

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ご当地マンホール in 静岡県東伊豆町

2018年11月24日 08時00分00秒 | マンホール・マンホールカード・キャラ・静岡県

賀茂郡東伊豆町(ひがしいずちょう)は静岡県の伊豆半島、東岸に位置する町です。伊東市、伊豆市、河津町に隣接。急峻な地形であるため町域の多くが山林で占められ、住宅地は海岸付近に集中しています。「町の木:早咲き桜」「町の花:イソブキ」を制定。

キャッチフレーズは「日のいずる湯けむりの町 輝き・やすらぎ・集えるまち 東伊豆」「みんなが安心して暮らせる町、笑顔があふれる町」

明治22年(1889)、町村制の施行により賀茂郡稲取村、城東村が発足。

1920年、稲取村が町制を施行、賀茂郡稲取町となる。

1959年、稲取町と城東村が合併、賀茂郡東伊豆町が発足しました。

マンホールには町章を間に向かい合う「二尾の稲取キンメ」がデザインされています。

「稲取キンメ」は、東伊豆町稲取漁港の日戻り操業で水揚げされた、一本釣りの金目鯛。伊豆稲取駅前に設置された「稲取キンメ」のオブジェ、中々の迫力です。

お腹の下にあるハンドルを回すと口がパクパクと・・(^^;)

街灯にぶら下がる「稲取キンメ」は、まるで金魚みたい(笑)

昭和44年8月1日制定の町章は、【「ひがし」の組合せ。二町村を和(輪)でつなぎ、団結と共に両翼を拡げはばたき将来への発展を表す。全体的図案は伊豆の地型と魚を表し、丸は柑橘類、三本の細線と中央小円により観光地である温泉の形容を表徴する。】HPより

カラー空気弁には、相模灘に面する東伊豆町の地図と7つの地名、それに白い鴎が描かれています。これで見ると、全体の急峻な地形と、集落が海岸線沿いに密集していることが良くわかります。

消火栓

防火貯水槽

仕切弁

撮影日:2011年11月10日

 

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杉桙別命(すぎほこわけのみこと)神社 in 静岡県河津町

2018年11月23日 08時00分00秒 | 神社仏閣・名所・観光・静岡県

賀茂郡河津町に鎮座される「式内社:杉桙別命(すぎほこわけのみこと)神社」。 御祭神は『杉桙別命』『五十猛命・少彦名命・笹原姫』を合祀。

由緒「桙別明神・木野明神・来宮明神・木野神社・木之神社・鬼崎明神」などと呼ばれており、現在でも「河津来宮神社」と俗称される。社伝によれば【古代から鎮座していたが、奈良時代の和銅年間(708-715年)に再建されたと云う。鎌倉時代・建久4年(1193)、『源頼朝』が再建。嘉禄2年(1226)には『藤原頼経』により社殿が再築。戦国時代、永正10年(1513)、『足利義植』により社殿が再築されたが、天文7年(1538)に社殿などをすべて焼失。天文13年(1544)に洪水によって社領が流されてからは頽廃し、小祠での鎮座となったものを、国守代官『清水康英』などが再建したという。明治まで「木野宮大明神・来宮大明神」と称していたが明治二年、現社号にもどされた。」

拝殿前左右より神域を守護されるのは、阿吽共に癒しパワー満載の江戸系狛犬さん一対。「文政三年(1820)九月吉日建立」の刻。

阿吽ともにお団子のような大きな宝珠を頭に戴き、とにかく穏やか過ぎるほど穏やかな顔で参拝者を迎えてくれます。

狛犬さんの台座の前には更に小さな台座に乗った狛犬さんが、一生懸命神域を守護されています。顔が・・某漫画家さんが制作した高知県香美市のキャラクターに似てる・・

香美市のキャラ:龍河洞のリューちゃん

拝殿の石段には「奉・納・壇・石」の刻。一般的には「石壇(せきだん)」と書かれるのですが、ここでは「壇石」となっています。ちょっと珍しいので紹介してみました。

拝殿から続く本殿は覆屋の中ですが、嘉祥2年(1819)の造替。千鳥破風、軒唐破風付きだとか。 多分、破風彫刻なども素晴らしいものがあるのでしょうが、こればかりは致し方ありません。

境内社「秋葉山神社・山神社」

国を守るために尊い命を捧げられた方々の「忠魂碑」。決しておろそかにしてはならない場所です。

「酉精進・酒精進」由来の絵馬「昔、『杉桙別命』が酒に酔い、野に寝ていた時に野火が起き、火に囲まれてしまったが、そこへ小鳥たちが飛来し、羽根に水を含ませて消火し、命の命を救った」という故事を表したもの。そんなわけで、ここの氏子さんは12月18日から23日まで禁酒し、鳥肉も卵も一切食べないそうです。

本殿横の御神木・クスノキは「杉桙別命神社の大クス」として国天然記念物に指定されています。 昭和初期の時点で樹齢1000年以上と伝えられていたとか、その力強さは見る者を圧さずにはおかない・・。

「木宮や神代の昔偲ばるる 仰ぐも尊し樟の大森」

社務所

社務所入り口の彫刻「阿吽の龍」

参拝日:2011年11月10日

 

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ご当地マンホール in 静岡県河津町

2018年11月22日 08時00分00秒 | マンホール・マンホールカード・キャラ・静岡県

賀茂郡河津町(かわづちょう)は伊豆半島の南端部に位置する町です。下田市、伊豆市、松崎町、西伊豆町、東伊豆町に隣接。町域の81%は山林と原野で占められ、市街地は天城山南東の山稜を源流とする河津川下流の平地に広がり、東部は相模灘(太平洋)に面しています。サクラの栽培品種「河津桜」の発祥地として全国的に知られ、一足早い花見の季節には多くの観光客で賑います。「町の木:河津桜」「町の花:花菖蒲」を制定。

キャッチフレーズは「自然が映えるほっとなまち 河津」

明治22年(1889)、町村制の施行により、河津下郷9か村で賀茂郡下河津村、上郷6か村で賀茂郡上河津村が発足。

1958年、賀茂郡上河津村と下河津村が合併、町制を施行し賀茂郡河津町が発足しました。

残念ながらデザインマンホールは無く、見つけられたのは町章のある規格蓋だけ。


昭和43年3月20日制定の町章は「「川」と「つ」の字の組み合わせで、町の中心を河津川が貫流し、太平洋にそそぐことを意味しています。月と日と翼で日進月歩の発展を表し、丸は柑橘をはじめとする産業と人の和、図案全体は変形の温泉で観光地を表しています。」公式HPより

デザインマンホールはありませんが、河津駅の周辺歩道には「河津桜」のタイルが設置されています。

河津町ではありませんが(-_-;) 近畿地方の「河津桜」

撮影日:2011年11月10日

 

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伊古奈比咩命(いこなひめのみこと)神社~其の三 in 静岡県下田市

2018年11月21日 08時00分00秒 | 神社仏閣・名所・観光・静岡県

「伊古奈比咩命神社」ラストは境内の紹介と言う事で、まず参道を入った手水舎の脇に、樹齢・2000年とされるご神木「薬師の柏槙(びゃくしん)」。 柏槇とは、ヒノキ科の常緑樹で「イブキ」の別名で呼ぶほうが、馴染みが深いかもしれません。

樹幹の空洞の小さな祠には『薬師如来』が祀られており、それが「薬師の柏槇」の由来と云います。

心地よい空気に満ちた境内にはもう一本、樹齢2000年とも云われたご神木「白龍の白槙」があります。枯れてから1300年、まるで白龍が天に向かって顔を上げているように見える事から命名。枯れてなおこれだけの迫力・・自然の造形美はどこまでも神の御業だと感じる時です。

境内を奥に進むと朱塗りの鳥居があり、その奥に本殿へと続く参道がまっすぐに延びています。この上なく怪しい空模様の為、残念ながら本殿への参拝は断念。いつか、伊豆半島訪問の機会があれば、この神社だけは何が何でも再拝したいと心に誓ったのですが・・・

境内左手に鎮座されるのは「見目弁財天」。『伊古奈比咩命』をお 守りする神と云われ、『三嶋大明神』のお供として伊豆の地に参られた『見目』の神。その本地仏が『弁財天』とされます。

境内図を見れば、多くの摂社・末社が祀られていますが、雨に降られてしまうと色々と難儀。 ここは本当に思いきらなければ、今夜の宿泊場所にたどり着く前に夜になってしまいかねません。

それでも行きがけの駄賃的好奇心は、境内のいろんな場所にある「諸々」をしっかり見つけます(笑) 人気のない社務所の看板には、ここだけにしかないと強調された紅白の「恵比寿だるま」。『三嶋大明神』=『事代主命』=『恵比寿』。海上安全、商売繁昌の縁起物だそうです。

お神輿なのか、祭りのオブジェなのかわからない大きな鯛は、当然恵比寿様が釣り上げた獲物。

「白浜伊古奈桜」は、河津桜から生み出した早咲きの新種。花が大きく、花びらにはピンクと白のグラデーションがあるのが特徴だそうです。

最後のこれは何だったんでしょう。何かの台座のようにも見えますが、特に案内も無かったような。分からないものと言うのは・・後々まで気になるものです(-"-)

参拝日:2011年11月10日

 

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