水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

小説・時間研究所 第29回

2008年06月29日 00時00分00秒 | #小説

  時間研究所    水本爽涼
                                                                        
    第29回
  そうと決めれば、自分で言うのもなんだが、私の行動は速かった。まず、悟君にはその旨だけを伝え、彼の行動分野に関しては継続活動とし、月に一度は現地取材に奔走して貰った。塩山と私の情報整理と分析の各セクションにおいては、作戦を練った結果、発想を転換して種々の大学巡りをすることにした。行動心理学は社会学部、犯罪心理学は法学部、精神医学では医学部と各々に異なる。幸い、私の町の周辺には一時間から二時間程度あれば、訪問できる大学がある。前もって大学側にコンタクトをとり了解を得た。これにも、影の努力? いわば、搦(から)め手からの接近工作があった。
  塩山と私は勤め先の会社で同僚の出身大学を調べた。それから、必要大学出身者に接近遭遇を試みる。これがまず第一の努力である。次いで、その者に紹介して貰い、大学へ入校できる便宜を図って貰うのだ。無論、それなりに彼等には食事や喫茶代を奢ったりした。大学正門ではなく通用門などを通れば、大学構内へは入校は出来る。だが私達は、そんな卑怯な手段を取りたくもなかったし、第一、入校するだけでは困るのである。その筋を専門とする先生方のご意見を拝聴したり、こちらから質問もせねばならない。その為には、出身校の同僚の紹介が不可欠となる。私達は彼等を個々に同伴させて大学へ入り、知己の学部の教授などを紹介して貰った。同僚といっても、ターゲットは卒業後に就職して数年迄の新入社員の者達である。別に先輩面(づら)で接近したのでもないが、彼等には新入りの負い目がある。そこで頼んでみると、案外スムーズに事は運んだ。塩山も同様だったらしい。このことは、後に彼に聞いて分かったのだが…。
  ということで、私達は大学の図書館の専門書などで学びつつ一端(いっぱし)のマスコミ関係者のように取材活動を行った。身分は聴講生である。あっ、ひとつ言い忘れたが、搦(から)め手というのは、まずこの手続き申請からなのだ。社会人である私達も同僚の紹介の後、書類審査をパスすれば、堂々と大学正門を潜(くぐ)れるのである。聴講生ではあるが、聴講四単位の取得が目的ではないジレンマは存在するのだが、私達[時]の研究を達成させる為には必要べからざる手段であった。で、私と塩山は手分けしてターゲットの教授連中へ接近した。当然だが、その為の最低知識は持っていなければならない。そこで、図書館通いとなった。大学の付属図書館には相当、程度の高い専門書が所蔵されている。私達はグルニエを情報交換の場として、別々の学部で活動を展開した。事件は事実として起きているのだが、その原因、心因、状況、動機、犯人の生活環境など、事件を取り巻く様々な要因を学問はどう捉えるのか…が、焦点なのである。悟君は恐らく遠隔地で孤軍奮闘していることだろう。私と塩山は、彼の分まで頑張ろうと燃えていた。別に犯罪心理を解き明かそうという訳ではない。私達の研究は、人に訪れる心象風景を学問的に表現しようとする、言わば前段の勉強のようなものだ。教授ならどのような捉え方をして、どう語るのかが私達は知りたかった。今後、私達が[時]で活動していく上での肥やしとなるに違いない、いや、社会に波紋を投げる研究になる…と、私は確信した。当分の間、この事件に翻弄(ほんろう)されそうで、とても次のテーマを考える余裕などはなかった。
「えらいことになってますわ」
 都心から戻った悟君の第一声である。
「順序だてて言ってくれないと分からないじゃないですか」と、塩山が鷹揚(おうよう)に語りかけた。
「あっ、すいまへん。まあ聞いとくんなはれや」
 真顔(まがお)で二人に迫る悟君だが、いつもとは違う面持(おもも)ちだ。
「新聞社へ寄って報道部っちゅうとこへ、まず行きまして、話をしたんですわ」
「ほう…、よく話してくれたね? っていうか、よく入れたね?」
「一人、僕の友達が雑誌社に勤めとりまんにゃけど、そいつと一緒に取材させて貰(もろ)たと、まあそういうこってすわ」
「なるほど…」それなら話は分かる、と私は溜飲(りゅういん)を下げ、次の言葉を待った。
「そいで、犯人の横顔ってゆうんでっか? そうゆうのを訊かして貰いましてん。都会っちゅうのは、ほんまに豪(えら)いことになってまんなあ…。僕らの町とは全然ちゃいまっせ。なんせ、一歩外へ出たら何が起こるや分からしまへん。油断もスキもないっちゅうやつですわ」
 漠然とした内容を語る悟君だ。私達二人には詳細が見えない。
「前置きはいいから、先を話してくれよ」と私は促した。
                                                続


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