幽霊パッション 第二章 水本爽涼
第六十五回
『そう云われましても…』
二人は渋い表情で黙り込んでしまった。その時、偶然なのだろうが、二人の目線は幽霊平林の手に注がれた。如意の筆である。
『あっ! これですよ!』
「そうだ、これがあるじゃないか。…なんとか云ってたな。振れば…」
『振れば地球上の悪事が、たちまち消滅、退散し、示して言葉を念じれば、その個々の悪事が消え去るということでした』
「それで、具体的に物事がどうなるのか、というところだが…」
『僕の実践例ですと、霊界番人様を念じて振りましたら、そのとおり霊界番人様が現れましたよ』
「…ということは、悪事の消滅だけじゃないんだな、ご利益(りやく)は。恐らく、如意の筆というぐらいだから、思うように願いが叶うんじゃないか?」
『ええ…、そうですよね』
二人は少し希望の兆(きざ)しが見えたことで、明るく笑った。もちろん、幽霊平林の笑いに陽気さはなく、陰気である。
二人という言葉が、すっかり定着してしまった上山と幽霊平林の一人と一霊コンビは、こうして世の社会悪を正すべく活躍することになった。とはいえ、この二人の行動は、まだ目標とする事柄を捉(とら)えられない曖昧な出発といえた。
二人が別れて二日経ったが、これといった目標の決まらないまま出勤の朝を迎えた。上山は、ふと出がけ前に朝刊を手にした。新聞紙面は、不穏な内乱が勃発(ぼっぱつ)した世界記事をトップに掲載していた。上山は瞬間、これだ! と思った。戦争や軍事的紛争は立派な社会悪だ、と気づいたのだ。上山はさっそく幽霊平林を呼び出して話してみることにした。
家を出るいつものパターンまでは、まだ二十分ほどあった。上山は今の閃(ひらめ)きを忘れないうちに…と、左手首をグルリと一回転させた。すると、たちまち幽霊平林が湧いて出た。この突発的な現れようは、とても尋常ではないように上山には思えた。