幽霊パッション 第二章 水本爽涼
第七十一回
案の定、上山は食堂へエレベーターで昇ってきた。それも、他の社員に混ざって、というのではなく、皆よりも、やや早めだった。
「おお、やはり現れていたか…。なんか、そんな気がしてな」
『そうでしたか…。そろそろ課長がやってくるんじゃないかと、待ってたんですよ』
「なんだ、そうだったのか…。で、効果はどうだった?」
そこまで上山が話したとき、他の社員達が階段やエレベーターからザワザワと姿を見せ始めた。上山は慌てて口を噤(つぐ)んだ。そして下向き加減に厨房の方へと歩き始めた。
「話の続きは、あとで屋上な!」
他の社員達に悟られないよう、そう呟(つぶや)くと、上山は厨房の注文口へと向かった。そこには、ニッコリと微笑む江藤吹恵の姿があった。
「あらっ! 今日は早いのねぇ~」
「んっ? いやあ、ちょうど切りがよかったからさ。ただ、それだけ」
「ただそれだけねぇ~。まあ、いろいろあるわよね。…いつもの?」
「ああ…」
食券を背広のポケットから出しながら、上山はそう云った。食券は金券で、値段分だけ枚数を手渡すシステムになっていた。幽霊平林は、その上山の姿を遠目に見ながら、スゥ~っと消えた。恐らくは屋上へ現れたのだろうが、そのことを当然、上山は感知していない。ただし、幽霊平林とまた会う約束をしたことは頭にある上山である。だから、定食の食べようも早く、どこか忙(せわ)しない感がなくもなかった。
「偉くバタついているぜ、課長…」
恐らくは業務第二課の課員達と思われる、そんな会話も上山の耳に届いていた。
幽霊平林は、五分ほど屋上からの景色を眺めたあと一端、霊界へ戻り、住処(すみか)で止まっていた。この止まっていたという状況は、人間なら寛(くつろ)いでいた、ということになる。