水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

風景シリーズ  特別編 その後[9] 「領有権」

2012年09月06日 00時00分00秒 | #小説

 風景シリーズ   水本爽涼

  特別編 その後[9] 「領有権」

 見向きもしなかった父さんが最近、ちょくちょく愛奈(まな)にちょっかいを出し、領有権を主張し始めた。母さんはいい迷惑・・という顔で、「あなた、することあるでしょ!」と、赤ん坊ベッドから覗きこんでいる父さんを排除しにかかった。冷静に考えれば、母さんと父さんの努力の結果、生まれたのが僕であり愛奈なのだから、これはもう、両者に領有権があると言わねばならないだろう。だから双方の主張は、両者とも理に適(かな)っていることになり、誠に都合が悪い。特に、今の場合など、仲裁するのは相当、影響力を持つ第三者に委(ゆだ)ねるしかない。地球なら国連のような存在…と、巡れば、我が家においては、じいちゃんをおいて他にはない。僕もある程度は効果を与えられるだろうが、父さん母さんという二大列国を仲裁する力には欠けるのだ。そのじいちゃんだが、ここしばらく馬術に凝ってしまい、家を空けていることが多くなった。元々、馬術は剣道に次いでじいちゃんの得意とするところだったから、誰も何も言えなかった。神社での剣道の早朝稽古→朝食→馬術練習場となる。練習場が村に出来たのは僕の生まれた頃で、この頃から足繁くじいちゃんは通っていた。しばらくやめては、また続ける感じだったのだが、最近になってまた始めたのだ。そんなことで、二大列国を仲介する力のある大物がいない以上、僕には大層都合が悪くなっていた。今回の場合も、じいちゃんは馬術で家におらず、家内は緊張の空気に包まれていた。その悪い雰囲気を察知したのか、いつもはおとなしい愛奈が、オギャ~オギャ~と賑やかに泣き始めた。母さんは『あなたのせいよ!』とばかりに父さんをギロッと見ながら、片手で追い払うと愛美を抱き上げた。追い払われた父さんは領有権を横目で主張しながら、巡視船に乗って渋々、撤収した。愛奈を巡る領有権の主張は、いよいよ険悪な両者間の問題に発展する様相を呈してきた。僕は看過(かんか)ならないとばかりに国際司法裁判所じゃなく、じいちゃんに提訴した。
「そうか…。わしがいない間にそんなことがな…」
「じいちゃん、なんとか言ってよ」
「正也はそう言うがなあ。こればっかりは夫婦の問題だからな。じいちゃんも、なんとかしてやりたいんだが…」
 明るく照かる頭をこねくり回しながら、じいちゃんは苦笑して言った。
「そこを師匠のお力でなんとか…」
「う~む。正也殿の頼みとあらば、なんとかせずばなるまい…」
 いつものお武家言葉だった。僕は素直に喜んだ。白けた家の雰囲気は一刻も早く取り除かないと息が詰まる。僕はそれが嫌だったのだ。
 次の日、じいちゃんは馬術練習場には出かけず家にいた。丁度、日曜で、家には全員がいた。昼食時、台所に四人が集まったとき、じいちゃんが口火を切った。
「正也から聞いたんだが、まあお二方、いろいろと言い分もあろうが、愛奈のため、なかよくしてやって下さらんか…」
 じいちゃんにしては穏やかな物言いで、しみじみとした口調だった。
「お父さん・・。そんな、もめてる訳じゃないんですよ。なあ未知子」
「ええ、お父さま。心配なさらないで下さい。私達、喧嘩してる訳じゃないんですから…」
「そうですか。それならいいんですが、未知子さん。…正也、そういうことだ」
 じいちゃんが僕の顔を見て言った。なんか僕が早とちりのように思われ、居心地が悪くなった。
「なら、いいよ…」と言って、僕は台所テーブルの席を急いで立った。
 しかしその日以降、じいちゃんの言葉が効いたのか、両者は領有権を主張しなくなり我が家に雪解け状態が戻った。めでたしめでたし。


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