突 破[ブレーク・スルー]
(第十四回)
もう一人、奥の窓際の姉はやはり椅子に座っているが、圭介を一瞥(いちべつ)したのみで、また瞼を閉じてしまった。昌はまだ眠っている。室内は静穏である。
母が肝の据(す)わった性分であることは、子である圭介には当然分かっていることなのだが、それでも、病床に臥して病状も気にせず、安らかな寝息を立てている母は、圭介にはとても真似出来ず、ある意味で神々しかった。
「先生は?」と、智代が圭介の接近とともに小さく呟く。
「回診中だって…、すぐ終わるらしいよ。ナースセンターの連絡待ちだ」
と、圭介が両手を左右の膝において、中腰で智代の耳に囁く。
「ふ~ん…」と小さく唸って、智代はまた瞼を閉じ、母と同調して眠る振りをした。
圭介は、壁際に折り畳まれて凭れ立つ、予備のチェアーを開けて、自らも座った。概して、四床のベッドの患者達は、時間的なものもあったのだろうが、昌と同様に静かに横たわっている。目覚めている者が何名かいるが、その人々も無口である。恰(あたか)も、保育所に預けられた幼児の“オネムの時間”だ。
圭介はそう思うが、騒がしく話すことも憚(はばか)られ、智代に従って瞼を閉じ、
暫(しばら)くジッと待つことにした。
昨晩は出来なかったこともあったのだろう。圭介は知らぬ間に微睡(まどろ)ん
だ。椅子の所為(せい)か、完全に眠ってしまった訳ではなかったが、スゥーっと意識が遠退いていった。