水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

短編小説集(22) 柳の風

2013年12月03日 00時00分00秒 | #小説

 季節が違う…と聖也は思った。幽霊が賑(にぎ)わう相場は夏である。今は? と辺りを窺(うかが)えば、夕暮れで風が戦(そよ)いでいるが、そうは暑くない。いや、どちらかといえば涼しさが幾らか出始めた初秋の夕暮れである。風に揺れる柳、川堀などもあるから、この辺りはとっておきの現れどころなのだ。ただ、季節が少し遅い感じだった。
 聖也は予想外の珍事であの世に逝(い)ったものだから、今一つ死んだ、という感覚がマヒしていた。死んだ途端、なぜか記憶がスゥ~っと途切れ、そしてふたたびスゥ~っと戻ったのだ。変わったことといえば、ただそれだけだった。だから、聖也には死んだ感覚がなかったのである。皆がそうなのかは別として、焼いた餅を喉(のど)に詰めて死んだなどとはダサくて、若い聖也には言えたものではなかった。聖也とすれば、やはりここはバイクを飛ばしガードレールに激突し・・でなければならないのだ。それに風が吹いて柳が揺れたとはいえ、幽霊で現れるなどはもっての外(ほか)だった。聖也がそんな気分で浮かんでいると、後ろから声をかけられた。
『ああ、新人さんですか?』
 驚きはしなかったが一瞬、ギクリとして聖也は声がする方向を見た。ひとりの、ダサそうな老人がひとり、同じようにさ迷っていた。足が消えていたから同類だと思えた。
『あなたは?』
『私ですか? 私は古くからここを塒(ねぐら)にしている者です』
『塒? …ホームですか?』
『ははは…まあ、そのようなものでしょうか。もう、かれこれ百年になります』
『百年!!』
 聖也は、この言葉に驚かされた。余りにも古い。
『はい。誰もこなかったのですが、今日初めて、あなたが現れたんですよ』
 どうも、他の者はいないようだった。
『餅を喉に詰めましてね…。今となれば語れるんですが。死んだ当初は、格好悪くて、とても話せる気分ではなかったんですよ。まあ、話し相手もいなかったのが、勿怪(もっけ)の幸(さいわ)いだったんですが…』
 訊(き)いていないことまでよくしゃべる爺(ジジイ)だ…と、聖也は思った。待てよ! それはそうとして、死んだ原因は俺と同じだ…と聖也は気づいた。
『俺も餅喉なんですよ!』
 ロック歌手の聖也は、格好をつけて喉を指さした。
『私は歌舞伎役者!』
 その老人もまた、格好をつけて歌舞伎風に見得(みえ)を切った。聖也は同じ方向なんだ・・とニタリとして見た。老人もニタリと笑った。二人は風に揺れる柳の回りを舞台に見立て、フワ~っと格好よく一回転した。どちらも少し、間抜けしていた。

          
               THE END

 


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