次の日、戸倉はゆっくりと自動車を走らせながら、デモテープを流した。その声はスピーカーで拡声され、辺りに鳴り響く。しかしそのとき、戸倉はハンドルを回しながらふと、あることに思い当った。
━ 待てよ! 廃品回収で閃(ひらめ)いたから、こうして回ってるが、お客に声かけられる訳じゃないよな ━
確かに、落ち着いて考えてみれば、戸倉の仕事は呼び止められて物を売ったり回収したりする商売ではなかった。
━ これは、無駄か… ━
戸倉が気づいた結論だった。戸倉はすぐテープを止め、家へと車を反転させた。
家へ戻ると、急に腹が空いていることに戸倉は気づいた。買っておいた即席のヌードルに湯を注いで、とりあえず腹を満たした。ふと、風呂を沸かそうと思い、浴室へ行くと誰かの声がガラス越しに聞こえた。この家に住んでいるのは自分だけだから、尋常ではない。静かに脱衣場のガラスに耳をあてがうと、自分の声だ。もう一人の自分が鼻歌を唄っていた。よく考えれば、状況は昨日の夕方に似通っていた。選定の仕事を終えて家に戻った。…そして、風呂に湯を張り、入ったのだ。なぜか、この鼻歌が口から飛び出したんだ…。戸倉は昨日の夕方の記憶を辿(たど)っていた。ということは、まだ私は今日の無駄な動きはしていないんだ…と戸倉は思った。ただ、目の前で起こっている事態が科学ではとても信じられない面妖な現象である。戸倉は腕を抓(つね)ってみた。瞬間、激痛が走った。
━ 夢じゃないぞ… ━
戸倉は、ゾクッと身の毛が逆立った。冷静になれ、冷静になれ…と自分に言い聞かせながら、戸倉は取り敢(あ)えず茶の間へ戻った。