物事はシャンシャンシャン! と話が纏(まと)まれば前進する。鈴川はその手の名人で、彼が加われば壊(こわ)れかけた話なら上手く修復され、纏まらない話の場合でも見事に纏まった。さらに、その能力は話にかぎらず、商談、人間関係、物、現象、事象など…要は、なんでもござれの特殊能力を秘めた人間だったのである。むろん、鈴川にそんな能力があることなど世間の誰も知る訳がなく、鈴川本人さえ知らずに日々を暮らしていた。
「鈴川さん、今日、このあと空(あ)いてます?」
閉庁間際、官財課の出山が鈴川に近づき、そう呟(つぶや)いた。出山は区役所の同期で採用は一緒だったが、民間に二年いた鈴川より二つ下だった。任用直後、鈴川は抜擢人事で総務課に配属された。彼の実力は総務部人事課を通して区役所の上層部にも知れ渡っていた。
「はあ…」
鈴川は曖昧(あいまい)に肯定した。
「そうですか! じゃあ、一時間ほど付き合って下さい。ちょっとご相談したいことがあるんです。トレンドで待ってます!」
「はあ…」
鈴川はふたたび肯定し、首を縦に振った。トレンドは区役所ビルの地階に新しく出店した喫茶店である。出山は笑顔で軽くお辞儀すると官財課から去った。また、シャンシャンシャン! か…と、鈴川は思った。彼にとって、報酬のない依頼は仕事の延長のようなものになっていた。それは、依頼を受けることが嫌だという理由ではなく、首尾よく解決したという噂(うわさ)が噂を呼んで、今や連日のように依頼を受ける日々が続いていたからである。鈴川は疲れていたのだ。いつの間にか鈴川は依頼を解決するコツを知った。それは偶然だったのだが、手の人差し指を一本、上方向に立て、軽く数秒、両目を閉ざしただけで解決するというものだった。簡単に解決する要領が分かると、それ以降、依頼は急増したのである。なんといっても、解決するまでの期間が急に早まったからである。
トレンドに他の客はなく、出山はコーヒーを啜(すす)りながら、ひとり寂しく鈴川を待っていた。座ると鈴川はすぐに相談を聞いた。そして話をひと通り聞くと、鈴川は腕組みをした。
「なるほど…」
「実は、そういうことなんです」
「そうか…。よし! 俺がなんとかしよう」
出山の相談内容は家庭不和だった。妻との仲がギクシャクしているというのだ。このままでは離婚に発展しかねないから、なんとかしてもらえないか、というものだった。出山の妻の携帯番号を聞き、鈴川はすぐに電話をかけた。そして、相手が出たことを確認し、鈴川は片手の人差し指を上向けると、軽く目を閉ざした。
「もしもし! 出山の家内ですが! もしもし!」
数秒して鈴川は目を開けた。
「あっ! 失礼しました! 私、区役所で出山と同期の鈴川と申します。出山の話では、なんでも今、ご家庭が不和だとか…」
「えっ! 主人がそんなことを…。おかしいですわね? 家庭不和だなんて、ほほほ…」
「あっ! どうも…。人を間違えたようです。失礼いたしました!」
鈴川は、すぐ携帯を切った。
「おい! 安心しろ! もう、シャンシャンシャン! だ」
「シャンシャンシャン! ですか。どうも有難うございました」
その後も鈴川には依頼が殺到した。その噂は、さらに噂を呼び、ついには国レベルに達した。
「おい、鈴川君。総理から極秘裏(ごくひり)の電話だ!」
「はあ…」
区長室に呼び出された鈴川は区長より受話器を受け取った。
「…なるほど! 分かりました。日本国のため、なんとかやってみましょう!」
いつものように鈴川は片手の人差し指を立て、目を数秒、閉ざした。
「もう、大丈夫でしょう。総理のご心配は解決したはずです。シャンシャンシャン! です」
次の朝、マスコミ各社が、日本に発生した国際的な重大問題の解決を一斉(いっせい)に報じた。
完