「はい! 毎度、ありがとうございました」
「どうも…」
引っ越しも済み、業者が帰った。遠藤は室内にうず高く積まれた段ボールの山を見回し、深くため息をついた。これから、この段ボールとの戦いが始まるのだ。段ボールを組立て荷づくりを始めた・・まではよかった。部屋のモノを入れていくにつれ、思いのほか箱の数が増えていった。少し整理した方がよかったか…と、入れたモノをもう一度出し、持っていくモノといらないモノに別けていった。すでにこの頃から少しため息が出ていた。業者が来るのが明日だから放っておく訳にはいかないと、また続け、ようやく夜8時過ぎに片づいたのだ。そして、今日である。遠藤はすっかり疲れていた。会社の仕事は疲れれば要領でなんとか凌(しの)げたが、プライべートな自分のことは手を抜く訳にはいかない。引っ越し作業がその例だ。まあ、それでも…と、ひと箱、ふた箱と開け、いつの間にか眠ってしまった。気づくともう朝の十時だった。日曜だからよかったが、これが月曜なら完全に遅刻である。遠藤はホッとため息をついた。そのとき、外で音がした。なんだろう? と窓から覗くと空き地に何かが建つようで、工事が始まっていた。すでに鉄骨が組み立てられていた。遠藤の脳裡に段ボール箱が浮かんだ。その瞬間、建物が段ボール箱に見えた。遠藤は目を擦(こす)った。また、ため息が漏れ、遠藤はテレビをつけた。国会の予算委員会が映し出されていた。野党議員が公共工事の無駄を削減する質問をしていた。
「箱モノばかり作って、何も使われてないじゃないですか! そんな無駄な予算をなぜ使うんです?! その予算で作ったものを維持できていれば、トンネルの落盤事故は起こらなかった! 違いますか?!」
「丸太建設大臣!」
「総理! 総理の答弁ですよ!」
賑やかなこった…と遠藤は画面を見ながら冷(さ)めた目で思ったが、ただ一つ、箱モノという野党議員の言葉だけが心に残った。
その夜、遠藤は夢を見た。段ボール箱が遠藤のベッドを取り囲んでいた。
『遠藤さん! 起きて下さい。私達は箱モノです』
遠藤は薄目を開けた。段ボール箱が話していた。
「なにか?」
『いや、別にどうのこうのじゃないんです。余り毛嫌いされるのもなんですから、少しはイメージを回復しようと皆で集まったんですよ』
「そうでしたか…。いや、君達は役に立ってるんだけどね。役に立たない箱モノが多いってことです」
『確かに三次元は無駄なモノが多いようですね、反省します』
「いや、君達じゃなく、人間が反省することです…」
そのとき、映像が遠退き、気づけば朝だった。朝日が昇っていた。遠藤は箱モノのトラウマから脱け出していた。
完