水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

不条理のアクシデント 第五十話 ひまわり荘 

2014年03月29日 00時00分00秒 | #小説

 ひまわり荘の住人は朝、太陽が昇り始めると、どの部屋の者も一斉(いっせい)に起き出す。そして、日没とともに一斉に眠るのだ。太陽が顔を覗(のぞ)かせない日は一日中、眠るという奇妙な生活を繰り返していた。で、ややこしい日はどうなのか? といえば、それぞれが自由で、好きな時に起きて眠るというのが通例になっていた。当然、近所の住人達は異端視し、煙(けむ)い目で彼等を見ていた。ひまわり荘は下階が左右5室づつ並ぶ10室で、二階も同じ構造で作られて10室分あったから、計20室構造のアパートである。
 アパートの表はチラホラと野草が生える空き地になっている。朝、入口から出てきた一番、古株の寺崎が両手を広げながらストレッチを始めた。その少し前から軽めのストレッチをしているのが元林である。こちらも同じくらい古くからこのアパートに住んでいる。二人は仲のいい中年女だ。
「あ~~、いいお天気ですわねぇ!」
 寺崎が元林に声をかけた。
「ええ! ですわね」
 いつもの挨拶と見え、ストレッチをしながらスンナリと元林は返した。するとしぱらくして、一人の老人が、ゆったりと出てきた。高山である。この男は、ひまわり荘の大家(おおや)を兼ねた住人で、いわばアパートの長老的存在だった。高山は女性二人と少し離れたところでストレッチを始めた。
「おはようございます!!」 「おはようございます!!」
 寺崎と元林は同時に高山へ挨拶の言葉を投げた。
「ああ、おはようさんです!」
 高山も二人に声を返した。しばらくすると、残りの17人が全員、背広、カーディガン、ジャージ、割烹(かっぽう)着など様々な服装で無秩序に出てきた。しかし、空き地の決めごとのように男女にきっちり分かれていく。いつの間にか二集団に別たれ、身近な者と挨拶を適当に交わしながらそれぞれストレッチをやり始めた。このストレッチも各自各様に身体を動かしているから、傍目(はため)には実に不 揃(ふぞ)いで見苦しい。そんな他人の目はお構いなしの住人達だった。
 今日は決められた家賃納付日である。ところが、滞納してもひまわり荘では大家からの請求がない。いわば、自由納付の決まりになっていた。大家の高山はこのアパートをボランティア気分で貸していた。いつでも納められるときに納めて下さいという方針で、要は、あるとき払いの催促(さいそく)なし、というやつである。だから、借りてから一度も納めていないという住人も数名いた。高山も忘れるほどで、形ばかりの帳簿は作っていたが、計算をしたことがなかった。お金を徴収しないアパートとしてギネスに申請すれば、間違いなく登録されることは疑う余地がなかった。ただひとつ、高山は気に入った者にしか部屋を貸さなかった。書類審査とかではなく、早い話、肩書などはどうでもよく、人間性である。これは! と高山を唸(うな)らせれば、まあ、衣食住(いしょくじゅう)の住の心配は本人が出ていくと言わないかぎり一生、保障されたと言ってよかった。 
「皆さん、今朝は月終わりの晴れの日ですから、ご都合がよろしければお持ち下さい。待っております。ああ、お悪い方は結構ですよ。いつものように朝から夕方まで私はおりますから、好きなときにノックして下さい」
「と、いいますと、大家さんは今日もカップ麺ですか?」
「はい、その予定をしております」
 一同からドッ! と笑声が起こった。
「では、これで解散しましょう。その前に、いつものご唱和をお願いします。よろしいですか? …今日も和(なご)やか、ひまわり荘! はいっ!!」
「今日も和やか、ひまわり荘!!」 「今日も和やか、ひまわり荘!!」
 大家の高山に続き、全員が唱和する。
「明るく、のどかに暮らそうよ! はいっ!!」
「明るく、のどかに暮らそうよ!!」 「明るく、のどかに暮らそうよ!!」
 全員が、ふたたび唱和した。 
「皆さん、有難うございましたぁ~~!」
 高山が他の住人達にお辞儀すると、他の者達もお辞儀し、ざわつきながら解散していく。出勤する者[太陽が出ている日とややこしい日だけ勤務する条件付きアルバイト]、ジョギングをする者、趣味を楽しむ者、小説家を目指す者…種々、雑多だ。ひまわり荘の一日が始まった。

                               完


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