本日3月12日は、マハトマ・ガンディーが塩の行進を開始した日で、中谷宇吉郎が雪の結晶の作製に成功した日で、ソ蒙相互援助議定書が締結された日で、アメリカ合衆国大統領ハリー・S・トルーマンが共産主義封じ込め政策(トルーマン・ドクトリン)を発表した日で、アフガニスタン・バーミヤーンの巨大石仏がターリバーンにより破壊されたことをユネスコが確認した日で、セルビア首相ゾラン・ジンジッチがスロボダン・ミロシェヴィッチ前ユーゴスラビア大統領配下の秘密警察関係者により暗殺された日で、長野県北部地震が発生した日です。
本日の倉敷は晴れていましたよ。
最高気温は十四度。最低気温は零度でありました。
明日も予報では倉敷は曇りとなっております。
小山の公園の大葉子の実は結び赤詰草の花は枯れて焦茶色になっていて粟は刈りとられ一寸顔を出した野鼠は吃驚したように又急いで穴の中へ引っ込む。
眩い銀の薄の穂が一面風に波立っている。
その公園の真ん中の小さな四角い林に野葡萄の藪があってその実がすっかり熟している。
狐は溜息をしながら藪のそばの草に座る。
幽かな幽かな日照り雨が降って草はきらきら光り向うの山は暗くなる。
其の有り無しの日照りの雨が霽れたので草は新にきらきら光り向うの山は明るくなって狐は眩しく面を伏せる。
そっちの方から百舌鳥がまるで音譜をばらばらにして振り撒いた様に飛んで来てみんな一度に銀の薄の穂に泊まる。
野葡萄の藪からは綺麗な雫がぽたぽた落ちる。
幽かな気配が藪の影から上ってくる。
友人がライラック色の裳裾を曳いてやって来たのである。
今、その後ろ、東の灰色の山の上を冷たい風がふっと通って大きな虹が明るい夢の橋のように優しく空に現れる。
狐は化石のように座ってしまう。
友人はここに狐が居たことを意外に思いながら僅かに眼に会釈して暫らく虹の空を見る。
そうだ。今日こそ、只の一言でも天の才有り麗しく冷徹な此の人と言葉を交わしたい。
丘の小さな葡萄の木が夜空に燃える焔よりもっと明るくもっと哀しい思いをば遥かの美しい虹に捧ると、只是だけを伝えたい。
もう世界から居なくなった此の人に。
もう会えなくなった此の人に。
「どうか私の尊敬をお受けくださいませ」
狐はしわがれた声を風に半分とられながら叫ぶ。
友人はうっとり西の碧い空を眺めてゐた大きな碧い瞳を狐へ向けた。
「何か御用でいらっしゃいますか?」
狐はまるで山毛欅の木の葉のように震えて息が忙しくて思うように物が云えない。
「どうか私の心からの敬いを受けとって下さい」
友人は幽かに吐息したのでその胸の黄や菫の宝石は一つずつ声をあげるように輝きました。
「敬いを受けることはあなたも同じです。何故そんなに陰気な顔をなさるのですか」
「貴女に会えないのが辛いのです」
「如何してそんなことを仰るのです? あなたは生きているではありませんか。此処に来るべきではないのです」
「私が生きるより貴女が生きるほうが余程素晴らしいことです」
「あなたは生きているのです。そして私は死んだ。もう会うべきではありません。帰りなさい」
「もし、もしも代わることができるなら」
友人は思わず微笑いました。
「御覧なさい。向うの青い空の中を一羽の鵠が飛んで行きます。鳥は後ろに皆その後をもつのです。皆は其れを見ないでしょうが私は其れを見るのです。同じように皆それぞれの一つの世界を作っています。其れは生きている者が作るのです」
「けれども貴女は高く光の空に架かる才がありました。全て草や花や鳥は皆、貴女を褒めて歌います。私は誰にも知られず巨きな森の中で朽てしまうのです」
「私を輝かしたものはあなたをも煌めかします。私に与えられた全ての言葉は其の儘あなたに贈られます」
「私を連れて行って下さい。私はどんなことでも致します」
「否。私はあなたを連れて行きません。でも何時でもあなたが考える其処に居ります。全て真の光の中に一緒に住んで何時でも一緒にゐるのです。けれども私はもう帰らなければなりません。お日様が遠くなりました。百舌鳥が飛び立ちます。では。ごきげんよう」
停車場の方で鋭い笛が鳴り、百舌鳥は皆飛び立ってばらばらの楽譜のように喧しく鳴きながら東の方へ飛んで行く。
「私を連れていって下さい。どうか私を連れていって下さい。」
美しく気高い友人は幽かに笑ったようにも見えた。
また当惑して頭を振ったようにも見えた。
そして周囲は暗くなり空だけ銀の光を増せば、あんまり百舌鳥が喧しいので姉妹の雲雀も仕方なくもいちど空へ登って行って少うしばかり調子外れの歌を唄った。