本日3月16日は、新バビロニア王国がエルサレムを征服した日で、カリグラがローマ皇帝に即位した日で、長屋王が謀叛の疑いで邸宅を包囲されて自害した日で、イングランドでオリバー・クロムウェルが軍を率いて長期議会を解散させた日で、スウェーデン王グスタフ3世が銃撃された(3月29日に死亡)日で、ウィレム1世がネーデルラント連合王国の初代国王に即位した日で、世界で最も古いサッカー大会・FAカップの第1回大会の決勝戦が行われた日で、『時事新報』の社説として福沢諭吉の脱亜論が掲載された日で、アーサー・エヴァンズがクレタ島のクノッソス遺跡を発掘した日で、鈴木梅太郎がビタミンB1の抽出に成功した日で、アドルフ・ヒトラーがドイツはヴェルサイユ条約を破棄して再軍備すると宣言した日で、衆議院本会議の国家総動員法案賛成演説で社会大衆党議員の西尾末広が「スターリンの如く大胆に」と発言して他党から問題視されて議員除名が決議された日で、片岡仁左衛門一家殺害事件が起こった日で、徳田要請問題で日本共産党書記長である徳田球一が衆議院の証人喚問を受けた日で、ベトナム戦争でアメリカ軍によるミ・ライ村虐殺事件が起きた日で、イタリアの元首相アルド・モーロが極左テロ組織「赤い旅団」により誘拐(後に殺害される)された日です。
本日の倉敷は晴れのち曇りでありましたよ。
最高気温は十二度。最低気温は三度でありました。
明日は予報では倉敷は晴れとなっております。
鍋はぐつぐつ煮える。
牛肉の紅はお師匠様の素早い箸で反される。白くなった方が上になる。
斜に薄く切られた葱は白い処が段々に黄色くなって褐色の汁の中へ沈む。
箸の素早いお師匠様は晴着らしい付下げを着ている。
傍に和柄鞄が置いてある。
御酒を飲んでは肉を反す。
肉を反しては御酒を飲む。
狐はお師匠様に御酒を注いで遣る
狐の目は断えずお師匠様の顔に注がれている。
永遠に渇しているような目である。
目の渇きは口の渇きを忘れさせる。
箸の素早いお師匠様は二三度反した肉の一切れを口に入れる。
白い歯で旨そうに噬む。
永遠に渇している目は動く顎に注がれている。
白い手拭いを畳んで膝の上に置いて割箸を割って手に持って待っている。
お師匠様が肉を三切れ四切れ食べた頃に、狐は箸を持った手を伸べて一切れの肉を挟もうとした。
お師匠様に遠慮がないのではない。
其れならと云ってお師匠様を憚るとも見えない。
「待ちなさい。其れはまだ煮えていません」
狐はおとなしく箸を持った手を引っ込めて待つ。
暫くすると、お師匠様の箸は一切れの肉を自分の口に運んだ。
其れはさっき狐の箸の挟もうとした肉であった。
狐の目は又お師匠様の顔に注がれた。
其の目の中には怨も怒もない。
ただ驚がある。
狐は驚きの目をお師匠様の顔に注いでいる。
食べてよいとは云って貰われない。
もう好い頃だと思って箸を出すと、其の度毎に「其れは煮えていません」を繰り返される。
驚の目には怨も怒もない。
しかし卵から出たばかりの雛に穀物を啄ばませ、胎を離れたばかりの赤ん坊を何にでも吸い附かせる生活の本能は、驚の目の主にも動く。
狐は箸を鍋から引かなくなった。
お師匠様の素早い箸が肉の一切れを口に運ぶ隙に、狐の箸は突然手近い肉の一切れを挟んで口に入れた。
もうどの肉も好く煮えているのである。
少し煮え過ぎている位である。
お師匠様は切れ長の目で狐の顔をちょいと見た。
叱りはしないのである。
只これからはお師匠様の素早い箸が一層素早くなった。
代りの生を鍋に運ぶ。
運んでは返す。
返しては食べる。
しかし狐も黙って箸を動かす。
驚の目はある目的に向って動く活動の目になって其れが暫らくも鍋を離れない。
大きな肉の切れは得られないでも小さい切れは得られる。
好く煮えたのは得られないでも生煮えなのは得られる。
肉は得られないでも葱は得られる。
美味しいものは実力で得るべし。
鍋を食するは知力と速さと胆力の限りを発揮し死力を尽くす闘いである。
其の夜。狐とお師匠様は死力を尽くし闘い抜いた。
凄惨なり。相争う者共よ。
狐とお師匠様は激闘の末、ふらふらになってお店を出た。
そして御互いの健闘を讃えあい、家路についたのだった。