舞い上がる。

日々を笑い、日々を愛す。
ちひろBLUESこと熊谷千尋のブログです。

感謝と罪悪感の中間みたいな気持ちが小さい頃からずっとあって多分一生続く。

2016-01-07 21:53:05 | Weblog
1月6日(水)、7日(木)は、バイトが二連休でした。
年末年始の忙しさの調整なのか何なのか、今週はやたらと休日が多いです。

それはそれで、ありがたいと言えばありがたいんですけど、休みが増えると最近の自分は時間の使い方が下手だなあって感じもします。
というわけで、また話が少し戻りますが、1月6日(水)は新潟演劇人トーーク!で書き初めを行いました。

1月6日は夜に新潟演劇人トーーク!をする以外特に予定もなかったし、もんちゃんも休みだったので、諸々の用事は日中に全部済ませて、早めに準備して、余裕を持ってもんちゃんと合流するぜ!ヘイヘイヘーイ!みたいな予定だったんですよ。
…だったんですけど、結局思うようには進まなくて、家を出たのもギリギリだった上に、書き初め用紙がないことに気付いて急遽購入してから向かったので、到着したのは演劇人トーーク!の開始直前という。

それに対し、もんちゃんは完全に準備万端で待っていて、なんか、申し訳ねえ…っていう感じでした。
しかも、バタバタと準備してしまったせいもあり、放送のアーカイブを保存し忘れたりもしたので、なんかもう色々申し訳ねえ…っていう。

でも、書き初め放送は楽しかったし、何より久し振りにもんちゃんにも会えたので良かったですね。
もんちゃんに会ったのは、12月30日の年末特別公開放送以来、一週間振りだったんですが、年越しを挟んだがためにもっと久し振りな感じがしました。

年末年始は寿司を作るバイトをしていた俺ですが、もんちゃんも年末年始は31日も1日も完全にバイトだったそうです。
2016年も、新潟演劇界の底辺にいるフリーター二名をよろしくお願いします。

で、この日、僕は翌日が休みだったし、もんちゃんもバイトが夕方からだったってこともあり、日付が変わっても夜中までずっと話しこんでしまいました。
2016年ももんちゃんはいい奴だなあって思いました。



で、この時、なんか幼少期の体験が人間形成に与える影響みたいな話になって、(僕らはわりとよくこういう話をします。)その時に、俺が両親に対して、感謝と罪悪感の中間みたいな何とも言えない感情を抱いているなあ、という話をしました。
って言うのは、僕の両親は共働きで、朝から晩まで仕事に行って帰ってくるのも遅かったし帰ってきてからも家で忙しそうに働いていたので、小さい頃は両親と過ごす時間が結構短かった気がするのですが、僕は物心ついたころから、そんな両親に対して、「両親はあんなに忙しいのに忙しさの合間を縫って子育てをしているんだなあ」という感覚があったのです。

それに加えて、僕は長男で弟がいたので、俺は兄だから!みたいな気持ちもあった気がするのですが、これは長男長女あるあるかもしれないですね。
でも、こういう話って「本当はわがままが言いたいのに無理していい子になろうとしていた!」みたいなパターンがわりとよくある気がするんですが、どうも僕は無理していたわけじゃなくて本当に両親に感謝していたし、あんなに忙しそうな人達に無理を言う気持ちにはどうしてもなれなかったような気がします。

しかし、それに対して、僕はしょっちゅう問題を起こしたり、嫌なことがあるとヒステリーみたいな行動を起こしたりする子供で、それをどう頑張っても制御できなかったんですよね。
これはおそらく、何か原因があるというより僕が先天的に情緒不安定なんだと思うんですけど、とにかく、本当に自分が暴走することは自分自身でもどうすることも出来ない、避けられない災害みたいなもの、っていう感覚が、小さい頃からありました、と言うか、今でもあります。

だから、小さい時から両親にとても感謝しているんだけど、問題ばかり起こすので申し訳ない、みたいな気持ちを常に持った子供だったなあって思うんですが、この感覚は今でも常にありって、多分、一生消えないです。
って言うか、この感覚は現在進行形で続いているもので、例えば新潟でニート生活をしてきたのだってそうだし、現在、社会復帰のためにフリーターをしているのだって、まさにこの感謝と罪悪感です。

で、両親と話したり、両親のことを考えたりすると、ふとしたはずみでこの感謝と罪悪感に襲われるので、何かどうしたらいいのか分からない気持ちになるんですけど、本当にこれは一生消えないと思います。何歳になっても子供なんですね。
俺が「だから反抗期らしい反抗期がなかったんだよね。何ていうか、あんな忙しいのに俺によくしてくれてる両親に反抗なんてしようと思わなかった」、って言ったら、もんちゃんから、言われたことが、結構言い得て妙だったのですが、



もみぢ「反抗期って『何で俺のこと分かってくれないんだ!』って気持ちで反抗することが多いと思うけど、ちひろの場合は『なんて俺のことを分かってくれるんだ!』って気持ちでずっと生きてきたわけでしょ」



なるほど、もんちゃんはいいことを言うなあ!
で、この感謝と罪悪感っていうのは多分、常に僕の根底にある感覚で、両親に対してだけではなく、あらゆる人に対して、もっと言えば世の中そのものに対して思っていたりします。

基本的に僕は恵まれて生きているって思ってて、それは金銭的、社会的、っていうか、人に恵まれていると思うんですよね。
両親もそうだし、何というか、人生の要所要所で、よき理解者みたいな人に出会ってきていて、特に最近はとても多くて、そういう人達に対して、感謝と罪悪感、ありがたさと申し訳なさの中間みたいな気持ちになることが、本当に良くあります。

例えば、演劇をやっているとそれはよく起こって、基本的に情緒不安定な僕は演劇の稽古中に必ず何回か体調を崩して稽古を休むんですが、そういう時に「まあ大丈夫だから気にするなよ」みたいなことを言われると、本当にこういう感謝と罪悪感な気持ちになります。
BLUESの時もそうだったし、特に松本から新潟に引っ越す時はまさにこういう気持ちだったし、新潟で劇団@nDANTEに客演していた時のイシケンに対してもそうだったし、最近だと劇団第二黎明期に出演した時のシダ夫妻とか、カルチャーMIXフェスタの司山さんとか、他にもこの気持ちになる相手が大勢います。

で、他の誰であろう、さくらもみぢさんに対しても、僕はこの気持ちになることが、本当にたくさんあります!
この日も、放送の一時間前に行くって言っておきながらギリギリに到着したりとかしたのに、もんちゃんはなんていい奴なんだ!とか、本気で感動したりしました。



そんなことを考えながら、日付が変わってから帰ってきました。
まあ、色々あるけど、明日から頑張って生きていこう!!

…と、そんな気持ちで迎えたはずの1月7日(木)だったんですが、なんかもう一日中やる気が出なかったんですよね。
全然頑張って生きてないじゃないか!!





V8!V8!V8!V8!V8!V8!V8!V8!V8!V8!V8!V8!
ってこれはウォーボーイズじゃなくて犬神家の一族の佐清だ!

と言う訳で、この日、1月7日(木)に唯一やったことはと言えば、二日前にBSでやってて録画していた映画「犬神家の一族」を見たくらいですかね。
いや、めちゃめちゃ面白かったけど!「犬神家の一族」は小説を読んで面白いってことは知ってたけど、映画は映画でめちゃめちゃ面白かったよ!

あ、でも「犬神家の一族」を、父親と二人で見たことは、結構いい体験だったかもしれないです。あんまり父親と二人で映画を見ることってないですので。
父親は「犬神家の一族」の映画が公開された当初、リアルタイムで見ていたらしく、予想外に詳しかったです。



1月7日(木)はそんな感じでした!
1月7日(木)、ウオロクバイト一周年まであと28日!!
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2 コメント

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このブログのコメント (もみぢの友達の点)
2016-01-10 21:49:34
反抗期という内容が少し気になったのでコメントを残すことにしました。私は反抗期とは親の反抗と考えています。人の成長は知識や経験を蓄積させるインプットと、自ら判断や行動をするアウトプットがあります。親は子との社会常識的な関係性や責任感、慣れなどからインプットの手助けばかりに焦点が当てられた家庭教育をしているような気がします。そういった影響で子が自ら判断するアウトプットの段階に入ってもその変化を受け入れずに反抗しているといった印象が私は強いです。本文のように、「何で分かってくれないんだよ!」という反抗は、私の意見では親への反抗というよりは、人の心は他者には全く分からないのにも関わらずそれを覆したいという真理に対する反抗期という感じがします。まとめると、反抗してもいいこと無さそうです。
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>もみぢの友達の点さん (チヒロブルース)
2016-01-19 20:40:44
コメントありがとうございます。
「もみぢの友達の点」って名前の意味を理解するまでに結構な時間を要しましたよ。(笑)
反抗期の子供側だけではなく親側の反抗という発想が興味深かったです。
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