
3/11(水)、T-JOY新潟万代で「影裏」を観てきました。
新潟市内では、T-JOY新潟万代のみでの上映だったようです。
予告編はこんな感じです。
沼田真佑さんの小説「影裏」(「えいり」と読みます)を、大友啓史監督が映画化。
岩手県を舞台にした映画なのですが、大友啓史監督の出身地である岩手県を舞台に映画を撮ったということを、あとで知りました。
転勤で岩手に引っ越してきて慣れない土地で戸惑いながら過ごしていた主人公、今野(綾野剛)が、たまたま同じ職場で出会った男、日浅(松田龍平)と、一緒に飲んだり釣りをしたり遊びに行くような仲になります。
大人しい今野が、積極的に遊びに誘う松田龍平に惹かれていく物語、男同士とはいえ、普通にラブストーリーだなと思って見ました。
途中、今野の下半身をやたらと艶めかしく撮るショットがあったり、二人でザクロを分け合う下りとか、色々意味ありげに見えてきます。
そこまでは二人の静かな毎日を淡々と描いていく感じなのですが、やはり松田龍平さんの雰囲気のせいなのか、日浅にはどこか不穏な雰囲気が漂っているんですよね。
しかし、日浅が突然転勤し、疎遠になったかと思いきや、再び突然今野の前に現れたあたりから、物語に変化が起こっていきます。
そこでは日浅の今野に対する態度は一変、久し振の再会なのにどこかぎくしゃくした関係に変わっていて、まるで嫌な予感が現実になったような感じがありました。
そこで日浅が今野に語る「影の部分を見ないで分かった気になるな」という台詞が象徴するように、まるで今野を突き放すような態度を取るようになっていきます。
今野の気持ちが日浅から離れつつあったある日、東日本大震災が発生し、それから日浅とは連絡が取れないことが徐々に明らかになり、日浅が行方不明になっていることを今野は知ります。
今野は日浅を探して彼の家族のもとを訪ねますが、そこで日浅の父(國村隼)から、それまでまったく知らなかった日浅のことを知ります。
グイグイくる日浅に翻弄されるようになんとなく一緒の時間を過ごす中で、日浅に対する気持ちが近付いたり離れたりした今野は、もう出会えないという手遅れになって時になって初めて日浅のことを自分の意志で追いかけ、そこで本当に日浅の影の部分を知っていくのです。
それと同時に、そこで今野の過去に親しかったある人物に久しぶりに連絡を取ったりもするのですが、それもまた、日浅の知らなかった今野の影の部分だったのかも知れません。
そして、なんとなくゆるい映画かなと思って見ていたら、次第に登場人物二人の影の部分を知ることになり、物語の後半から一気に引き込まれる映画だと思いました。
人と人が出会うことは、お互いに見えている部分、見えていない部分があるということ、そして、分かり合うということは、見えていない部分を知っていくことであるということ。
そして、人が別れていくこと、離れ離れになっていくことは、もうそれ以上分かり合えないことだということ、その最たるものが死別であるということ。
そういう人間の出会いと別れを、震災という決定的に人の人生を大きく変えてしまうこと、命すらも奪ってしまうものの中で描いたという、普遍的な人間ドラマであると同時に、震災という出来事に向き合って作られて物語だと思いました。
正直、ちょっと長い感じはしましたが、いい映画でした。