狩人の道東放浪記 Ⅱ

定年後道東に移住しました。
しかし2年後、都合により帰郷しました。徳不孤必有隣の旗印は同じです。

小豆島のペタング

2010年09月21日 | 内地の紹介
俳句の題材を探していると、笑い声と歓声が聞こえてきました。広場では老青年が楽しく遊んでいました。ゲートボールではありません。昔外国映画で見た記憶が有ります。座っている人に尋ねると「ペタンクです」と答えられました。こんな場所でフランスが発祥の遊戯に出会うとは。赤い小玉に向け野球ボール大の鉄球を投げていました。赤い小玉の近くへ投げているようです。カーリングにも似ているようです。
昔ガラスの球でよく似た遊びをやりました。遠くからカチッと当てて球の取り合いをした、記憶が甦りました。

英才教育

2010年09月21日 | 内地の紹介
小豆島から日生港にかえり、走行中です。ピタッとバイクが付いてきたので、合図により先行していただきました。
アレッ、荷物から足がある。
信号待ちで近づくと、なんと幼児を背負っていたのです、きちっとヘルメットを着用させ小猿のようにママの背にしがみ付いていました。信号は青へ。軽快に走り出しました。制限速度を守りカーブはスムーズに体を倒し、絵に描いたような走りでした。
そう彼女は「英才教育」をしていたのです。この頃から体にバイクを叩き込めば、恐るべきライダーの誕生です。
日本は広い。

ああ、中国人青年

2010年09月21日 | スピーカーズ・コーナー
太閤秀吉が入湯した由緒ある温泉に行ってきました。覚悟はしていましたが、祭日の為芋を洗うような混雑でした。私もその芋の一個ですから仕方ありません。
いいですね、この湯は。黄金(茶褐色)色の湯に浸かっていると、イケメンの青年が浸かりました。やおら歩いてきた床面に「カッ」と痰を吐き出したのです。これは恐ろしいと、湯から出て体を洗うと浴室から出ました。ほっと一息ついて、鏡の前へ座りました。ドライヤーで残り少ない髪を乾かし、様子を見るためにドライヤーを机に置きました。すると後ろに立っていた青年がドライヤーを奪い取り自分の髪に使用し始めたのです。まだ使用しているのだ!!全然言葉が通じません。「カッ」のイケメン青年でした。私は恐ろしくなり逃げ出しました。すると友人と思える青年と大声の中国語で話し始めました。
中国から万人単位で観光客を誘致するそうです。つまり、やりたい放題の中華人を観光地へ投げ入れて、日本人は逼塞するわけです。金のためとは言え、観光業者の方も内心困っているでしょう。この施設でも数ヶ国語の案内書がありました。しかし必要なのは、かって黄浦公園にあったと言う、あの看板ではないでしょうか。偏見に満ちた発言ですが、現実の毎日から導き出されるのは、残念ながらこれです。