子供の頃である。
10年ほど着用し、色の褪せた背広は仕立て屋に持参して、裏返してもらった。
一旦縫い目を解き、もう一度縫い直すのだ。これをやると新品の様になるが、胸ポケットは右胸になる。切れていた袖口や裾も少しバックしているが美しくなる。
こんな作業をする洋服職人はいない。
裏通りには洋服職人がいた。都市の洋服屋で修業をし、自宅の一室を作業場にして顧客を得た。父では着用しない粋なベストで、裁断する姿が見られた。
腕が認められると、いつの間にか表通りで「●●テーラー」と看板を揚げていた。英国製やらイタリヤ製の生地が並べられていた。私も一度ワイシャツとズボンを仕立てた。生意気にも袖をWにして注文した。出来上がるとプラッチック製のカウスボタンがオマケについていた(笑)。
これ等の洋服店も一店を除き、街からは消滅した。豊富なイージメイドの洋服や、首吊りに客が行ってしまった。私も「大丸でトロージャン」を注文していた。
たこ焼き屋の店員が職人を名乗り、洋服屋は消えて行った。
真面目に生きたら最低でも生きて行ける仕組みがあってもいいですよね。
ずいぶん昔ですが「憲法は国民が最低限度、文化的な生活を営む権利がある。だから国は国民に文化的な生活を保証しろ」と、朝日さんが国を相手取って訴訟しました。