表紙には、「自昭和七年 至昭和九年 間頒布セラレタル不穏文書調」とある。左上に「秘」の角印がある。右下の印には、「貴族院 委員課受付 11.5.25 〔一九三六年:昭和十一年五月二十五日〕」などとある。26センチ。
下は、その記載の一部である。
昭和七年中
発行地 題名 発行日附 禁止月日 摘要
東京 日本国民に檄す! 五月十五日 五月十五日 陸海軍青年将校農民同志
計三十九件
昭和八年中
不明 非国難非非常時 / 五月十九日 発行者不明
二十六件
昭和九年中
不明 皇軍将校に告ぐ / 七月二十六日 発行者不明
二十三件
表紙には、「昭和十年以降頒布セラレタル不穏文書調」とある。左上に「秘」の角印がある。右下の印には、「貴族院 委員課受付 11.5.25 〔一九三六年:昭和十一年五月二十五日〕」などとある。26センチ。
下は、その記載の一部である。
一、昭和十年以降頒布セラレタル不穏文書調
番号 件名 期間 件数
届出 無届 計
一、真崎教育総監更迭前ノモノ 一〇、七、一五前 二 二二 二四
二、真崎教育総監更迭事件ニ関スルモノ 自一〇、七、一六 至一〇、 八、一一 〇 九 九
三、永田軍務局長事件ニ関スルモノ 自一〇、八、一二 至一〇、一一、二七 〇 一九 一九
四、相沢中佐公判ニ関スルモノ 自一〇、二、二八 至一一、 二、二五 三 一六 一九
五、二、二六事件ニ関スルモノ 自一一、二、二六 至現在 〇 三〇 三〇
六、天皇機関説又ハ重臣ブロック排撃ニ関スルモノ 自一〇、一、一 至現在 〇 二〇 二〇
七、左翼関係ノモノ 自一〇、一、一 至現在 一 七七 七八
八、其ノ他 自一〇、一、一 至現在 一 一二 一三
計 七 二〇五 二一二
一、真崎教育総監更迭前ノモノ
番号 題名 納本又ハ届出ノ有無 発行責任者ノ住所氏名記載ノ有無 印刷形式 内容ノ概略
24、粛軍ニ関スル意見書 ナシ ナシ パンフレット 謄写 前記二三ノ粛軍ニ関スル意見書ノ要点ノミ抜粋記述セルモノ
表紙には、「不穏文書ノ實例(二)」とある。左上に「秘」の角印がある。右下の印には、「貴族院 委員課受付 11.5.25 〔一九三六年:昭和十一年五月二十五日〕」などとある。26センチ、13頁。
下は、その記載の一部である。
永田中将殺害事件ノ原因トシテ陸軍当局ヨリ発表(判決理由ノ要旨)サレタル怪文書ノ内容
目次
(一)教育総監更迭事情要点
(二)軍閥重臣閥の大逆不逞
〔例一〕教育総監更迭事情要点 一、発行責任者ノ氏名住所記載ナシ 二、納本ナシ 昭和九年七月十六日発行
軍部方面又ハ右翼団体方面ニ頒布セラレタルモノノ如シ
(内容)
教育総監更迭事情要点
一、七月十六日夕刊によつて「陸軍大異動断行に先づ教育総監を更迭」「陸相部内統制の勇断」を「突然けふ異動の発令」として報ぜられた。真崎大将を目して「人事異動全般に真向から反対」し、「部内に於て朋党比周」して軍の統制を撹乱する巨魁であると宣伝する一方、空前の大英断」「部内外頗る好評」等々盛んに宣伝謀略を以て自画自讃に努めてゐる。
〔以下省略〕